第48話
ようやく村にも慣れてきた頃合いだ。
関所のある西地区は、ヒデヲや村長のジロウの家、それと宿舎があるだけで、ほとんどは農耕地帯だ。
川を挟んだ反対の東地区がローン村の主要居住地域となっている。
診療所や酒場もこちらにあったし、当然他にも色々な店が設らえられている。
代わる代わる訪れる行商人たちは東地区に陣取り商売を始める。
村も育てた作物などを交渉材料として金銭を受け取ったり物々交換を行うのが常だ。
なお、当然村の外は危険が付きまとうので護衛と共に来る場合がほとんどだそうだし、大抵は大きな荷車を馬に引かせてやってくる。
恩恵は大きい。
この村は殆どが農業に重きを置いているので、外部から調達しなくては手に入らないものが往々にして存在する。塩なんか良い例だろう。
そんな他所からの希少品を数日前に眺めていて、俺は安堵した。
電気で稼働する小物が散見出来たのだ。懐中電灯や時計とかである。
この村にも時計は各々の家にあったのだが、驚くべきことにそれらは魔力で動く道具なのだそうだ。少なくともヒデヲの家にあったものは魔力を定期的に注ぐことによって稼働しているんだとか。
だが行商人が売っているものは、電池で動く、俺の良く知る時計だったと言って間違いない。この世界にもちゃんと電気は存在していたんだな、安心した。
それとなくヒデヲに聞いてみたが、この村では案の定電気は普及していないそうだ。理由は発電の仕組みが無いことと諸々はちょっとの魔法で解決出来るからだそうだ。実はどの家庭も家事担当の奥様方は旦那より魔力の扱いに長けている事が多い。
おう、野郎共は俺と同じで脳筋だったか嬉しい限りだぜ。
……さらにちなみに、今はサイタマ歴5110年らしい。最初に聞いた時には素っ頓狂な声を上げてチヨにすくすく笑われた。待てよサイタマ歴ってなんだよ?
5110年て、俺のいた現代は2020年だったぞ倍以上あるじゃねえかナニソレ?
と理解が及ばなかった。
いや、今も理解は出来ていない。
5110年カウントされててもこの村は電気すらない田舎なのか。
いや、5000年前からこの村があるわけでは無いだろうし、電気なんて必要ないのかもしれないけどさ……。
で、どうやらサイタマ歴はサイタマという人によって王都サイタマが形成された日から1年365日を数えているそうだ。
ローン村も、ローンという人が未開だったこの地に村を起こしたためにその名がついたそうで、基本的にそうやって人の名前が付けられるらしい。
サイタマって凄い奴がいたのか。どんな相手でもワンパンチで敵を圧倒してしまう超人だったりしたのかもな。はいはい変な妄想乙。
「ただいまー。チヨさん、メア、いるかー?」
ヒデヲの家のドアを開け放って声をかける。
田舎なので戸締りという発想は無い。
セキュリティは一切保たれていないのは現代人としては鳥肌ものだが、まあ仲良し集落はこんなもんだろうと納得することにした。
命あっての物種だろうが、俺やアルみたいな狂人がいない限りは平和一辺倒だろうし、大丈夫だ、問題ない。
……えぇ、復唱しますが、問題ないですとも!
力の限りを尽くしてジロウを痛めつけて俺が村長になって村を牛耳るとかも考えたけれどそんなことも実行してないぞい!
ほら脳内でシミュレートしてるだけだからセーフ!
無双はしたいが人権を軽んじてはならないってギリ踏みとどまって平和を満喫してるから何も悪くない!
そんな脳内言い訳を説きながら待つも、誰からも返事は無かった。
ヒデヲは仕事に出ているとして、チヨもメアと一緒に東地区に買い物に出ているのだろう。
「じゃあ、俺も行くかー」
髭をなぞりながら緩やかにドアを閉め、俺は今度は村の東地区目指して歩き出した。
道中、両手をズボンのポケットに突っ込む。
片手に触れるのは前にチヨから受け取ったメガネのケース。
あのままメガネが納められているのだが、診療所で確認して以来開けてはいない。
多分もう不要なんじゃないだろうか。
身体能力の向上はこの10日間で目を見張るほど理解したのだが、およそ現代人のパフォーマンスを超える動きを確認した。
今なら敵の攻撃を避けて連続バク転して後退できるし、サマーソルトだって容易だ。足の速さとか跳躍力、筋力とかその他諸々も以前とは比較にならない。
ほんとこの世界と脳筋ステータスは謎だらけだぜ……。
もう片方の手には小さな箱が触れた。これはマッチの箱だ。
火点け用としてもらったのだが、俺はともかく、村ではあまり重宝されていない。
奥様方は火の魔法を扱って調理出来たりするらしいし。
何より気を配ることとしては、魔法の火は発動者の意思ですぐ消せるが、自然発生した火が燃え盛ったら一戸丸々灰になるまで手の打ちようが無い危険があるからだ。
つまり、火事、デンジャラス!
だから受け取った際にはかなり念を押されたし、注意して扱った。
まだ村の外でモンスター焼くのに使っただけだけど。
それでも持っておくに越したことは無いのだ。
だって、未だに魔法が使えないのだから!
そう、この10日間でキョウヘイに助けてもらい、仕事の合間、日が暮れた頃など色んなタイミングで魔力、ひいては魔法の練習を試みたが、結局第一段階の自身の魔力の感覚を掴むという初歩が出来た試しが無いのだ!
あぁ現代人の夢が!
ただキョウヘイも、
「……日ごとに違いがあるが、ケンジの魔力量は相当だ。扱えたらかなりの手練れになるぞ」
と、以外にも絶賛してくれていた。
いや手練れって、言われてももうおっさんだしマスターしたって実績無いし老害になりそうだぞ。
……そんなこんなで、村の手伝いとして農作物の収穫や建築の補佐、戦闘や魔力の訓練、この世界についての情報収集でそれなりに濃密な日々だったのかもしれない。
今でも分からないこと、出来ないことは当然存在するが、追い追いどうにかなっていくでしょ、生きてることが大事だなと心得ているつもりだ。
「ま、何とでもなるか」
今はこのローン村でのスローライフを満喫する腹積もりでいる。
川に架けられた石橋を渡っていく。
柔らかい風が背中を優しく後押ししているような気がした。
――だが、そんなせわしなくも充実した新生活が、この後の出来事で再びがらりと変わることになるとは、今は予想だにしていなかった……。
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