第47話

「はああああああ、ういしょおおおおおお」


大声を上げてこぶしを突き出すと、飛び跳ねてきたスライムが四散した。

俺がこの世界にやってきてから早いもので10日経ったのだが、悪く言うとパシらされてて、良く言うとヒデヲの家に居候させてもらっている日々だ。

今は村からやや離れた草原にて、戦闘訓練と称してモンスターと対峙している。


「さてー、今日は終わりにするかー」


たった今散り散りになったスライムが最後だったようで、辺りにモンスターの姿が見当たらなくなり村に帰る事にした。

ひとまず検証してみようと戦闘に挑戦しているのだが、結果は芳しくないと評するべきだと思う。

ローン村周辺の平原には今みたいなレベルの低いモンスターしか存在しない。

大抵はパンチ1発で倒すことが出来てしまった。

様子見で動きを観察したりモンスターの攻撃をひたすら避けたりもした。

単調で動きを読むのもた易いのであまりタメにならなかったし、何ならと思って攻撃を受けてみたりもしたが、ほとんど痛くはなかった。


唯一、大きな蝶のようなモンスター――確か図鑑ではバタフライ種だったか――に遭遇した際に腕に異常をきたしたのだが、毒で腫れたらしいけれど翌日には治った程度だった。

1日野営して試しに食べてみたりもした。偶然遭遇したイノシシのようなモンスター、図鑑曰くそのものずばりボア種を仕留めた際に、これはいけるんじゃないかと興味本位でやってみた。

火であぶっただけだったが結果的にはおなかが膨れた。

貧乏舌なので塩を振って美味しくいただけた。

確か食べたら腹痛が~とかヒデヲは言ってた気がするが、なんてことは無かった。

ちなみに、塩はチヨから受け取ったが、行商人が持ってきてくれるそうだ。

多分、旅の来訪者はローン村ではもてはやされるだろうな。

まあここやっぱり田舎だしな。


そんな感じで平原は向かうところ敵なしなので、意を決して森に立ち入ってみた。

あんな空恐ろしい悪声を思い返すと鳥肌ものだったので、日中だけ、あまり深くには行かないよう注意した。

確かに、平原とは生息しているモンスターが違った。

あの夜には気づかなかったが、至るところに植物のようなモンスターや昆虫のようなモンスターがいた。

あの声を聴くことは無かったが、気味悪すぎて一度挑戦して以降は試していない。

モンスターと戦って勝てるか以前に嫌悪感が押寄せてきて我慢ならなかったからだ。だから根っからの都会っ子には未踏の森なんてハードル高杉くんや!

まして草木やツタがぼーぼぼなんだぞやってられっか!


それから、村にあった斧を拝借して振り回したりも試した。

とは言え力の入れ方とか扱いは想像と、後は昔にやってたハンドボールで勢いよくボールを投げる時の感覚を真似て体重をかけて素振りしたり、実際にモンスターを切断したり、逆にたいあたりを受け止めたり等々。

まあ付け焼刃なりに扱うことは出来たのではないだろうか。

そんなこんなで、果たして命を大事にしているのかそうでないのか曖昧ではあるが村の外で挑戦を重ねたのだった。


命を、大事に……。


思い起こされるのはやはりローン村で目覚めて2日目の事。

俺は、最終的には自分の本能の赴くままに力をふるい、アルを絞め殺した。

あの感覚は未だに覚えている。

そして、思い出した。過去に魅入った儚い女性の美貌を。

あの時のアルはまさに女性のそれと重なって見え、それが俺には至極の心地だった。正直、己が欲望がまたあの時間を体験したいと心を蝕む。

だが、理性はそれを阻む。それはそうだ。人を殺してはならない。今まで道徳の授業や倫理の授業、社会経験で散々説かれてきた事だ。

それにそんな不祥事を起こすと大騒動だ。

アルとユミの時は偶然丸く収まったから良かったものの、人ひとりがいなくなったら村人総出で捜索が始まってもおかしくない。特にヒデヲ主動で。


なのでなるべく考えないようにしているのだが、寝起きにメアの首を絞めてしまいたいと何度思った事か。

思考が囚われそうになる度に、ふと我に返って、笑顔に笑顔で返す。そんな日々だ。

甘い蜜を吸いたいのに、猛毒が混ざっているのを知っていて口をつけられない感じ。もどかしかったり、背徳の意識があったり。


……そうだ、どんな経緯であれ、俺は今は人殺しだ。新たな人生2日目にして殺人鬼になるとはな。

幸い、誰にも悟られていないと思う。キョウヘイとも仲良くやってるし。

だが、俺はこれからどうすればいいだろうか?

まだ分からないことだらけなので、あまり見通しは立っていない。

キョウヘイたちから色々教わっている最中だ。

今はただの農家手伝い。色んなものが時間によって解決されるのだろうか。

半ば投げやりに思索していると、ようやく関所までたどり着いた。


「ジロウー、開けてくれー!」

「おうケンジか。お帰りよ。今扉を開けるぞ」


ジロウからの返事からしばらくして門横の扉が開いたので、そこから村に入った。


「どうだケンジ、手ごたえはあったか?」

「微妙だな。これまでと変わらなかった」


俺はひげをなぞりながら答えた。


「そうか。まあ外で1日過ごすと聞いて驚いたりもしたもんだが、突拍子もないところはヒデヲに影響されてんのか?ま、あまり無茶なんてしないよう、気をつけろよな」

「おう、ジロウの方こそ、あまりに手が回らなかったら俺を頼ってくれても構わないからな」

「そうだな。仕事が舞い込んできたら頼むとする」


ジロウの表情に翳りは無かった。アルとユミの件に関しては吹っ切れたようだ。

俺はつとめて平静を崩さないように意識した。


「まだ行商人が村にいるから、何か買っとくなら今だぞ」

「了解だ。またひと通り見てみるとするよ。じゃあな」

「またな」


ジロウに別れを告げ、俺はまずヒデヲの家を目指して歩き出した。

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