第45話
呆然としてしまったが、振り返ってみるとヒデヲがウソを付くとは思えないし、さほど深刻そうな雰囲気も無かった。
アルはこの村を去る予定だったのか。
そう結論付けながらも俺は川沿いを走り、水田まで到達したところで、もうなるようになれと思考を改め直して歩き始めた。
もうふたりが死んでいること、俺が殺めたことがバレたりしたらと思うと不安がよぎるが、その時こそ村から出ていくなり村人皆殺しにしてやると開き直ることにした。悪びれるのは止めだならしくない。
やがて保管庫と飼育小屋までやって来て、昨日の悶着があった場所までたどり着ついたが、そこにはリミットレス・ウルフの死体はおろか、血痕跡も見当たらなかった。小さなクレーターになった地面も、ぱっと見ではちょっと柔らかい土が掘り返されたのかなと思わせる程度の自然な土壌となっていた。
騒々しい鳴き声が聞こえてくきて、遮るものの無い飼育小屋の入り口に立つ。
室内を見渡すとニワトリやブタが柵に区切られて生息していた。
コッココッコ、ンゴンゴと鳴いては柵の内を歩き回っている。
こちらも一見して荒らされたような痕跡や血の跡は存在しなかった。
…………どうやら何も残されていないようだし、戻るか。
俺はきびすを返してヒデヲの家まで帰ろうとした。
そうして飼育小屋を離れて保管庫を通過したところで、
「ケンジ!」
横から声をかけられてはっとしてそちらを向く。
「……キョウヘイ」
「なあケンジ、あの後何があったんだ? 俺は気づいたらこの保管庫の壁で寝てた。たぶん意識を失ってたみたいだ。あっちでの有様に気づいて驚いたんだが、ケンジはいなかった。何が起きたんだ?」
突然現れたキョウヘイは元気そうだった。まずこの辺りに来て姿が見えなかったから、そうだろうと思っていたが。
俺は気持ちの整理がつかなかったが、
「……キョウヘイは、もうアルが村を出ていったって話、聞いたか?」
ひとまず、質問を投げかける。
「ああ、さっき知った」
「……つまり、そういう事だ」
「ここで死んでいた獣は、ケンジがやったのか?」
「……ああ、そうだ。それが?」
「なら、アルもここにいたんだろ? 俺を押し流した水の魔法は、アルが唱えたもののはずだ。それからどうした?」
「どうしたって……どうもしてない。それからアルは、ユミと村を出ていくって言って去ってったよ」
「それを引き留めなかったのか?」
「……すまない。俺には引き留めるような理由とか、間柄とか無かったからな」
「信じていいんだな」
俺は内心でドキッとしながらも、全霊で目を合わせて答える。
「……ああ、信じてくれ」
「そう、か……」
キョウヘイは最後にそう呟いて、地面に腰を下ろして空を見上げた。
実際のところは出まかせだが、上手く誤魔化せただろうか?
「ケンジ……」
キョウヘイは俺を見て地面をぽんぽんと叩く。
俺もその場でキョウヘイと横並びになるように座って空を見上げた。
「アルはな、別に落ちこぼれてたわけでもねえ。でもな、比べられる相手がバケモノ過ぎた」
キョウヘイは語りだす。
「むしろ優秀な方さ。俺たちみたいな、もう腰を落ち着けたおやじたちの大半は魔法が苦手だ。俺自身、そこまで上手く扱えるわけじゃない。そこからしてみれば、アルは立派なもんだ。でも、トモキっていうアルの親友は規格外すぎた。皆がトモキを信頼し、称賛していた。アルが傍目で苦しんでいた事を、俺もヒデヲも知ってはいたさ」
キョウヘイは若干歯噛みするが、なおも言葉を続ける。
「ローン村の村長の跡取りという名目もあって、きっと邪魔だっただろうな。だから村を出ていくって決意はごく自然だろう。でもまあ、アルなら上手くやれるだろう。イチローも似たようなもんだったからな。それに、ユミも一緒なんだろ?大丈夫さ」
診療所でのアルとのやり取りが脳裏によぎる。
アルがトモキをライバル視している様子はよく理解出来た。
いや、ライバルとは言えない程の圧倒的な差を突き付けられてひがんだり、自信を喪失してしまう程だったのだと思う。
それによって昨日の暴走に繋がったんだろう。
ひとつ大きく呼吸をしてから、更に話は続いた。
「ユミの方はな……不憫だった。幼い頃に両親が他界しちまったんだ。優しく育てられて、物心がついた時期だったはずだ。もう、見るに堪えない程にかんしゃくを起こして目を泣き腫らしていたのを、今でも覚えている」
キョウヘイはそこで一旦言葉を区切ったが、またすぐに喋りだした。
「その後ユミはジロウの家に引き取られたんだ。だから、ユミとアルは元から家族だったかのように育ってきた。それから成長していくにつれて、ユミも色んな事を学んでいって、稀有な治癒の魔法が扱えるようになったのと、人の健康とかに関しては博識になった。まだ若いのに診療所を任されるようになって。努力したんだろう。本当に、立派だよ」
俺はユミという人物をあまり知らなかったが、アルと仲睦まじい様子は診療所で見て取れた。
きっと、アルとユミは、幼い頃からお互い助け合って生きてきたんだろう。
俺にはそんな深い人付き合いが無かったからふわっとしているが、きっとそれはとても大切だったんだろうな。
だが、キョウヘイは知らないが、俺は知っている。
アルもユミも、もう死んでしまったことを。
だが、そんな過去の話は不毛だと切って捨てれるかというと、どうにも俺はそういう風にしちゃいけない気がして、真摯に話を聴いていた。
「そんなふたりが駆け落ちしたんだ。俺たちおやじ共は、心配もそこそこにどっしり構えておけばいいさ。」
そう言ってキョウヘイは空を見上げる。俺も無言でそれに倣った。
「なあ、キョウヘイ」
「……どうしたケンジ」
「俺は、しばらくヒデヲんちで世話になる予定だ」
「ああ」
「これからよろしくな」
「……ああ。こちらこそ、よろしく頼む」
穏やかに吹く風に流されていくふたつの小さな雲を目で追いながら、ふと考える。
形はどうであれ、きっと俺は死んでこの村にやってきた。
ならば、死したふたりの魂も、きっと何処かで寄り添えるのではないだろうかと。
己の内では未だに様々な感情が渦巻いているけど、今はふたりの幸福を願う。
らしくないんじゃないかと思いながらも、想う。
どうか、ふたりがこれからも一緒に、仲良くいられますように。
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