第39話

タイミングが良いのか悪いのか、真暗闇の空から穏やかな光が俺たちを照らした。

どうやら雲が晴れていったようで月が顔を出したのだろう。

だが俺がそれを確認する余裕は無かった。

照らされた人物は、俺も何度か話をした人物だったからだ。


「ケンジ!? 何故お前が俺をつけてきた?」


声を張り上げてこちらを尋問するのは、俺が今日一日で見知った相手。

出会った当初は仏頂面で。

ここで一緒に草刈りに勤しみ。

気付いたら姿が見えなくなって。

そして、俺の意識が戻った時にはヒデヲの傍に付き添っていた。


「……キョウ、ヘイ」


事ここにおいて、俺の思考は停止した。

危険ならばすぐさま撤退するべきだと決断していたのに、いざ真実に直面したら硬直してしまったのだ。


「まさか、昼間の一件は全部お前の自作自演だったのか!

確かに、あの斧を扱えるやつがトモキ以外にもいるとは思ってなかった。

……まさか、最初からそれが狙いだったってのか!」


「え、な、なんでだ……?」


キョウヘイがもの凄い剣幕でこちらに何かを言っているが、

俺の思考は行き詰まっていて会話にならない。


「ケンジ、お前の目的は何だ? ローン村にリミットレス・ウルフを放って自らそれを退治する。その狙いは何だ?」


俺の目的? 目的は、酒場から遠ざかる謎の人影を追うことで……。


「危うくヒデヲが死ぬところだったんだぞ。

いや、まさかそれが目的なのか? お前もヒデヲを狙うのか? 王都からの回し者か!?」


「ヒデヲ……狙う? おいどうしてだ、どういうことだキョウヘイ!」


ヒデヲというワードでようやく我に返ったが、

己の中の怒りが先行しキョウヘイに向かって進んでいく。


「危うくヒデヲが死ぬところだった? ああそうだな偶然助かったようなもんだ」


俺の思考が巡りだす。


この飼育小屋はリミットレス・ウルフ3頭が突如出現した場所だ。

つまり、何らかの痕跡が残っていると思っていいだろう。

魔法の仕組みはわからないがモンスターを召喚する術があると考えてしかるべきだ。

となると、人目のつかない夜にキョウヘイは決定的証拠を消しに来たに違いない。


思えば、ヒデヲが襲われているときもこいつは姿を潜めて何もしなかった。

そうだ、こちらが皆殺しになるのを待っていたんだ!


「まず俺を殺そうって算段か? ビルド」


キョウヘイの纏う雰囲気が変化した気がした。

キョウヘイの周辺の空気が張り詰めたような錯覚を感じるが、俺はそんなのお構いなしにキョウヘイに近づいていく。怒りのままに。


「お前がヒデヲを殺そうとしておいて、何言ってやがる!」

「……は?」


俺の怒りの根源、それは、キョウヘイがヒデヲを裏切っているという一点に尽きる。

どんな時も豪快に笑うヒデヲを思い出す。

俺がこの村に来てまだ一日と半日程度だが、ヒデヲはあらゆるところで笑っていた。


チヨに穏やかに笑んでいた。メアを優しく撫でていた。

トモキの話を豪気に、時にあっけらかんと何度も語っていた。


祝勝会兼歓迎会などと称して俺を迎え入れてくれた。村人を沢山紹介してくれた。

そして、ジロウやキョウヘイを紹介してくれた。


お前ら皆幼馴染なんだろ? 

小さい頃からこの村で一緒に育って、遊んで、飯食って成長してきたんだろ?

ヒデヲはこの村が好きなはずだぞ。あんなに楽しそうに過ごしてるんだぞ。

息子の帰りを笑顔で待ってるんだぞ。


それをこいつは、殺そうとしたのだ。


「ふざけてんじゃねえ! ヒデヲはな、皆の事信じてんだ! 昔馴染みなお前が裏切ってどうすんだよ!」


俺はキョウヘイの目前まで迫り、両腕で胸ぐらを掴んだ。

視線が間近で交錯する。周囲は月明かりに照らされた静かな暗闇で満ちていた。


キョウヘイは先程までの剣幕はどこへやら、思案顔でこちらを見ているのみで一切の抵抗は無かった。


……そうだ、落ち着け。今俺が殴るわけにはいかない。それは後だ。

まずキョウヘイの愚行を糺す。


「今ならまだ間に合う! ヒデヲに謝るんだ。命の危機に晒されようと何があったって、キョウヘイ、お前は許してもらえるはずだ」


「待てケンジ。つまり、ケンジは俺がリミットレス・ウルフを招いた犯人だと思ってるのか」

「決まってる」

「待て、違う、俺じゃないぞ落ち着け」

「犯人は誰だってそう言うだろ!? 正直に言え」

「俺がここに来たのは昼間の一件の事を調べに来ただけだ! 昼間はヒデヲに付き添うので手いっぱいだったんだぞ」


診療所でのキョウヘイを思いだす。

それから、やれやれといった様子でヒデヲを追って出ていったっけ。


「それが信じられるってか?」

「俺がヒデヲを殺そうとする理由なんてない! 冷静になってくれケンジ」

「いたって冷静だ! 認めろキョウヘイ」

「認めろも何もあったもんじゃない。ケンジ! お前自身は自分の潔白を証明できるのか?」


俺の潔白? そんなの俺が犯人じゃないんだから必要ないんじゃないのか?


「俺が犯人かどうかはまだ推測の域を出ないはずだ。だがケンジ、それはお前も一緒だ!」

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