第40話

「なっ……馬鹿を言うな俺なわけねえだろ」

「いい加減にしろっ!!」


言われてはっとなる。

そうか、キョウヘイが犯人でない場合、俺がキョウヘイを疑っているようにキョウヘイも俺を疑う理由になるってことか。

キョウヘイから視線を逸らすことなく思考を巡らせる。

その間キョウヘイからの抵抗は一切無く、唯一目だけで訴えていた。


「……じゃあ、どうしてここに来たんだ?」


俺は冷静になって再び問う。


「それはさっき言ったとおりだ。時間が経ったとはいえ、まだ何らかの痕跡があるかもしれないからな。ケンジは?」

「俺は、酒場から遠ざかる影が気になったってだけだ。それ以外にはない」

「…………俺は、ケンジを疑っちゃいねえ。身を呈してくれたのと、ヒデヲの為にそこまで激昂してくれたケンジを信じている」

「俺はキョウヘイを信じていいのか」

「ああ。だから、離してくれ」


まっすぐ目を逸らさないキョウヘイには何処か力強さがあった。

おいおいこいつかなりパッションあるヤツだったんだな。

第一印象からして、やれやれな素っ気ないヤツだと思ってたぞ。

だがこの様子だとお互い白で両成敗だろう。本当に冷静さを欠いていたようだ。


「分かった。疑って悪かったな」


胸ぐらを掴む手を解いた、次の瞬間、


「ッ!? ケンジ、危ないッ」


キョウヘイが両の手で俺の胴を横に振りはらった。


「がっはっ」


咄嗟の事で対応できず横腹を押された俺は思いきり空気を吐きながら付き飛ばされた。


「アースシールド!」


キョウヘイは再び飼育小屋の入り口に向き直って一歩踏み込みつつそう唱えた。

途端、キョウヘイの目の前で瞬時に地面が盛り上がり、身を隠すほどの壁になる。

そこに飼育小屋から濁流のように大量の水がぶち当たる。

最初は即席で発生した壁で持ちこたえたようだったが、それは次第に崩壊しキョウヘイは飛んできた水に呑まれてしまった。そのまま水の塊に押し飛ばされていく。

それからバシンと音がした。

水勢が止んだ後でキョウヘイが保管庫の扉にもたれぐったりしている姿が見えた。


「キョウヘイ!」


俺は地面に伏せた状態で叫ぶ。

気を失っただけだろうか。それとも……。


「あはははははッ。簡単な事だったんじゃないか! 全部全部!」


突然声が響き渡った。


「ほれ見た事か。あのおっさんが容易に飛んでったじゃないか。あはは、もっと早くにこうすればよかった!」


飼育小屋からその声の主はゆっくり現れた。


「なっ……アルッ!?」


不気味な笑みを携えてアルが佇んでいた。

その腕にはユミを抱えている。


お姫様抱っこで腕はだらんと垂れ下がり、首が据わっておらず、胸にはナイフが突き立てられている。

そして血の臭いがした。

細部が判別できるわけではないが、この暗がりの中でも判断できる。

ユミは、死んでいる。


「僕だってやれば出来るんですよ。それなのに、どいつもこいつもトモキトモキトモキってさぁ……そう思うだろおっさん」


今までの大人しいアルとは打って変わってあまりに棘のある気配だった。


「今まで何をしたってあいつには敵わなかった! 競ったら必ず負けた! かけっこした時だって、魔力の練習だって、何だって!」


アルは狂ったように叫び続ける。ユミをその場に手放して、自身の手を見て嗤う。


「皆がトモキを応援した! 皆がトモキに期待した! 僕の事を見てくれてたのなんてユミしかいなかった! でももうユミは死んだ! 僕が刺したんだ! あははっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る