第38話

影の輪郭しか判断できないその人物は、俺とヒデヲが駆けた道を歩いていく。

通り過ぎる家々からは灯りがちらほらこぼれていたり、寝静まってるのか留守なのか、生活感の薄い家もあった。

大勢が酒場にいるからな、皆そっちにいるのだろう。

振り返られたら後をつけているのがバレそうだが、暗くて相手もこちらを発見できないのではないだろうか。

視力が元の自分より大分向上しているので結構な距離を保って追跡できているし、判別できない誰かは辺りには一瞥もくれずにまっすぐ歩いていく。

振り返るような様子は無い。


途中で俺たちが世話になった診療所も通過したが、灯りは消えていた。

アルは関所だろうし、ユミもここで暮らしているわけではないのかもしれない。

もちろん前を歩く人物は気にするような素振りも見せずに歩いている。

考え事でもしてるのだろうか? 俺は見失わない距離を維持する。


…………それにしても一体何やってるんだろうか俺は。ストーカーじゃん。

もし、バレて訴えられたら罰金なのかね。ここの通貨なんて未だに知らないけど!

ただ、暗闇で暗躍するってなんかワクワクするというか、俺の中の童心が湧いてくるというかで妙な高まりがあるのだが、これは一般的なことだろうか?

……童心? とは言えない気がするなこれは。 


髭をなぞりながら思案しているうちに、先ほど往復した石橋へと差し掛かる。

空には分厚い雲が覆っているのか若干の光が見て取れるが、ほとんど恩恵は無い。

橋上には全く灯りが無いからおっかなく思えたが、川付近はわずかな黄緑の光がちらついている。ごくわずかな光源なのであまり助けにならないが、川や橋の輪郭が何となくわかる程度には光の線が巡っていた。蛍だろうか。

今まで見た事が無かったけれど、蛍光ペンのような光がすーっと滑っては消え、瞬いては、消えていく。

橋を渡ってどこに向かうのだろうかと思っていたが、影は川沿いを歩き始めた。

俺とヒデヲが往復した時とは反対の方角に向かっていく。

薄い灯りでは未だに顔は見えない。

そもそも見えたとしても今日腕相撲した誰かくらいしか判らないのだが。

なおも謎の人物は目的地がはっきりしているようで真っすぐに進む。

俺もそれに続いて音を立てないよう慎重に進んだ。


やがて背丈ほどの草の群生地にたどり着いた。昼間に通りかかった水田だ。

人影はあぜ道をずんずん進んでいく。ここが目的地ではないようだ。

俺も歩幅を合わせるようにして追う。

そよ風でなびく稲穂のざわつく音がなんとなく耳に障った。

それからあぜ道の終わりにたどり着いて、人影は今までと違い緩やかなペースに切り替わった。到着したのは俺たちが昼間に集合し、食事をし、そしてモンスターを退治した建物前だった。


向かい合うようにして建てられている二軒だが、確か片方は保管庫でもう一方は飼育小屋だったか。

得体の知れない誰かは飼育小屋の方角へと進む。

まっすぐ進んでいるが、歩みは慎重だ。警戒しているらしい。

ただ、背後を気遣う様子は見受けられない。

飼育小屋へと意識を集中させているのだろうか。

昼間の一件がよぎる。


わざわざこんな時間にここまで来る理由を考えるが、最も高い可能性はこいつが昼間にモンスターを手引きした犯人なのではないかという解答だ。

犯人は現場に戻ってくるというのはマジだったか。

だとしたらこれ以上踏み出すのは危険かもしれない。俺はまだこの世界の仕組みを理解していなければ、相手の事も未知数なのだ。

だがこのままでは正体も不明なままに逃げ帰ることになってしまう。

それでいいのか?

もしものリスクを想定するが、俺は生唾を呑み込んでおそるおそる前に進んだ。

ここで引き下がっては何も得られない。

それに、危険な場合はすぐさま逃げられるはずだ。

昼間の手ごたえから感じるにそこは自信がある。

何より……この状況にひどく興奮している自分がいるのが解る。

ここにきて引き返すなんてあり得ないな!

そしてたどり着いた家畜小屋の入り口でついに影は立ち止まる。

しばらくじっとした後に、


「誰だ、俺をつけてきた奴は!」


ついにこちらへと振り返った。

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