第34話
「おう、ばっちり村中に言い回ってきた。酒場には声をかけておいたし、宴の下準備は万全だぜ! だっはっはっ」
バシバシと俺の肩を叩く。痛くは無いが鬱陶しい。
「つーことで、迎えに来たって腹だ。アル! ……は無理だったな。ユミも、気が向いたら来てくれ」
「そうですね、分かりました」
「うしっ、じゃあ行くぞ」
こちらが立ち上がるのを待たずにヒデヲは部屋を飛び出していった。
俺もベッドから立ち上がり軽く腕を回しながら退室しようとして
「ケンジさん、待ってください。」
ユミが声をかけてきた。
俺が引き留められる理由なんてあったろうか。
外傷は完治しておりますが実は内蔵が深刻ですみたいなだろうか。
はっはっはっ何それ笑えない。
ユミは先程まで俺のいたベッド横にある棚の上から何かを掴んで寄ってきた。
「ん、どうした? まだ梨が残ってたとかか?」
「いえいえ違いますよ。こちらを」
「ん、ああ、メガネとPASUNOか」
今朝方チヨから貰ったケースとメアが見つけた
「何でも、意識を失くす前に握りしめていたそうですよ。大切なものかも知れないと思って」
「そうだったか、ありがとうな」
俺はケースを受け取り、メガネが入っているのを確認しておいた。
その間、ユミが更にこちらに一歩近寄る。
背伸びをし、俺の耳元で手を添えて、小声で、
「アルの事、よろしくお願いします」
それだけ言って離れていった。
よろしくって言われてもなぁ。
「それでは、いってらっしゃいです」
ユミは笑って小さく手を振っていた。
「おう、また後で、酒場でな。アルもじゃあな」
俺は言葉の意味を深く考えもせずユミとアルを一瞥してその場を後にした。
それからヒデヲに連れられて外に出た俺は、そのまま小走りで木造住宅の網目を超えていく。
今まで田畑しかなかった光景が、診療所を出てからはちらほらとだが雑多に建物が立ち並んでいるのに驚かされたのだが、軽快に歩みを進めるヒデヲに置いていかれないように追う。
待てよ俺もヒデヲも怪我が治ったばかりなんだぞおっさんを労われおっさんと内心悪態をつくことも忘れない。
いや、言うほど調子が悪い訳でも速い訳でもないのだが。
その後日中にその存在を確認したであろう橋を渡った。
間近で確認し、実際に渡って知ったが、この橋は石造だった。
てっきり丸太を敷き詰めて作っているものと思ってただけに若干の技術の発展が窺える気がするのだが、どうせトモキが~と言い出すであろう事は見当がついたので黙っておいた。
それから程なくしてヒデヲ宅に到着。
ヒデヲは準備があるからと居間の奥に消えていった。
俺は出迎えてくれたチヨに、ヒデヲの衣服であろう適当なシャツとズボンを渡されて着替えてくるよう促され、昨夜から借りている部屋で一度着替えて再び居間へ。
戻って来るなりヒデヲと鉢合わせ。
そしてそのまま急かされてヒデヲ家を出て再び駆け足。
前を走るヒデヲは樽を小脇に抱えている。準備って、自家製のお酒の事かよ!?
と今回も頭の中で突っ込むに留めておいた。
俺、立ち振る舞いの極意が見えてきた気がするぞ。
ま、人間なんて思ったことと言ってることがちぐはぐな生物なんだ。
思うだけはタダ、人畜無害。
先程来た道なき道をたどり、橋を再び渡って、先程の診療所前を通り過ぎる。
俺、単に着替えにヒデヲんちに行ったのかよ。せわしないな。
それからしばらく進んで、ようやくヒデヲが立ち止まったところで目的地にたどり着いた事を悟った。
にぎわっているようで、室内からの活気が外に漏れていた。
それにしても、住宅が密集している端にあるんじゃないだろうか。
元の俺だったら地面に寝転がりたい距離だった。全く疲れはしなかったけど。
ヒデヲはいけしゃあしゃあとその建物に入っていく。
俺もその後に続いていった。
――辺りは既に夜だった。
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