第35話

建物へ入るとそこは酒場だった。

ヒデヲのただの思い付きによる歓迎会のようなものみたいだが、突発的なくせに村中へ声をかけたらしく、かなりの人が集まっていた。

個室の無いオープンな店内が予定の時刻には席が満席。

そして席に収まらない野郎共が立ち飲みを始める始末。


「よっ! ケンジ、おめえ、つえぇなあおい。敵無しじゃねえか!」


ヒデヲは大仰に腕を振って俺の背中を叩く。

おい怪我人、超元気じゃねえか何が病み上がりだから遠慮しておくだよざけんな!

店の一角は子供たちも集まってはしゃいでおり、

女性陣はあまりのお祭り騒ぎに誰彼構わずに店を回し子供の面倒を見てと大忙し。


つかこの村こんなに人いるのかよ! 思ったより老若男女いたわ!

限界集落だと思っていたのに!


なおヒデヲの傷もそれほど大げさなものでは無かったようだ。

夕暮れ前には傷は完全に癒え、すっかり元気になった。

魔法のおかげか?この世界は元の世界より細胞が活性化してるとかなの? 

誰かこの世界の理屈を教えてくりゃれ。


「っはああああああ。だっはっはっ、流石はあの誰も振れない斧をぶん回してただけのことはあるってかー! おーい、嬢ちゃん、もう一杯くれー!」


ヒデヲは盛大にジョッキで酒を煽りつつも、俺の横で豪快に笑って注文を叫ぶ。

俺はというと、端の机に置いた酒に一切口をつけることも無く――

ひたすらに腕相撲を挑まれていた。

たった今も村の野郎を相手にしたが、安々と勝利した。

宴会の開始からずっとこの調子なのだ。中々人が絶えない。

面白がって子供も寄って集って挑んできたりもした。

やれやれ俺はおもちゃじゃないぞーお子様はもうお休みの時間でちゅよねー? 

まずヒデヲがこれまでのあらましを紹介し、俺からの軽い挨拶を音頭にスタートからスパートの騒ぎようを呈した。

あれ小さい子たちはおっかなくて泣いたりしてないのだろうか? 


ちなみにメアはもう家で眠っている。

あんな壮絶な目に遭ったのだかなりの疲労だったろう。

それから壇上に席を構えさせられ、こちら主役ですと誰が見ても見まがう事無き特等席に引っ張り出された俺は、まず朝ぶりにジロウと再会した。


「おっジロウ。門の番は終わりか?」


「おうケンジ。門の番はこの時間は息子に任せてある。今日のオレの番は終わりだ。それより、まず無事で何よりだった。随分な活躍だったらしいじゃないか。」


そういえばアル本人もそんなことを言っていた気がする。苦労が絶えないな若人よ。


「ああ。危うく俺もヒデヲも死ぬところだった。幸運だったよ」

「はっ、幸運だとしたって、それも実力だ。それとも、以前はモンスター狩りが生業だったのかもな」

「さあな……特に思い出せてないままだ。でも、あながち間違ってないのかもな」

「ははっ、調子に乗りやがってこの。じゃあ、乾杯だ!」

「ああ、乾杯!」


俺の乾杯を合図に互いの持つジョッキを打ち鳴らした。

そこまでは良かった。

それから間髪入れずにヒデヲが横から腕っぷしの話やらモンスターを仕留めた話を声を大に吹聴。

いや既に至るところで喋ってるんだろうけど。


にしてもマジこのおっさんの声通る。

テノール歌手にでもなって都市にでも出稼ぎに行って来いよ……。

それから、それなら力比べだと言い出したジロウが腕相撲を提案。

応戦し数時間ぶりにジロウと手を組み合わせた。

ヒデヲの合図で互いに力を籠める。決着は俺の圧勝で場が沸いた。

それが運のツキとでも言えばいいのか、挨拶と共に腕試しに村人が絶えないのだ。

なお、ヒデヲに代わってくれとお願いもしたが、


「腕相撲なんておらあもうほとんどの奴とやってらあ。

それにあれだ、病み上がりだからな、全力で挑めないのに代役だなんて失礼だろ? だから遠慮しておくぜ」


等と適当に躱されてしまった。


「この村、もっと人が少ないもんだと思ってた。沢山人がいるんだな」


俺はそれとなくつぶやいた。


「おう、元からこんなにいたわけじゃねえぞ。あん中には身寄りの無いガキとかが結構いてな。トモキが色んな所から連れてきたんだ」


……トモキよ、そんな慈善団体じみたことまでやってたのか。仏か菩薩か?


「後は、トモキに助けられたとか、噂を聴いてとかで、ローン村に住まわせてくれって奴らとかな。何もない村だが、活気だけは一丁前になっちまった、だっはっはっ」


成る程トモキのネームバリューはこの村に留まらずに世界公用語なのか。

つくづく活躍してくれちゃるな。

つか、また触れにくいことを訊いてしまったか。


「そうだったか。悪いこと訊いちまったな」

「何も悪かねえさ。ここにいる奴らは、トモキの人となりを知ってる。だから、皆信じてるのさ。俺たちの知るトモキは帰ってくるってな」

「そうか。……俺も信じてるよ。ヒデヲの息子は必ず帰ってくるってな」

「おう、そうしてくれや、がっはっはっ。おっ、次が来たぞ」


次の対戦相手がやってくる。正直もう顔と名前が一致しない。

しゃーねーじゃんか元から社交性に欠けるのだ自覚はある! 

つか俺も飯食いたい酒飲みたい豪遊するなり休みたいんだ主役なのに! 

主役だというのに!!

これはゲームだと自身に言い聞かせ、素っ気なく髭をなぞり腕を机の上に構える。

そう機械だ。俺は機械になる! 

アームレスリングマシーンになるんだ! 

もう何も考えたくない日中で俺の務めは終わったんだよどすこい!

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