第32話

「私はずっと傍で見てきました。だから、知ってます。アルの良いところ、沢山」


ユミは隣に座っているアルをまっすぐに見る。曇りない目、晴れやかな表情だ。


「ユミ……」


アルも顔をあげてユミを見つめる。

それから言葉は無かった。

だが、2人の間では会話が続いているかのようで、穏やかに時間が経過していった。

バックグラウンドに爽やかな曲でも流れていればより良いムードだと思うのに。

残念ながら俺は楽器も歌もからっきしだ、助けにならないおっさんで悪いな。

……つか、俺、確実に邪魔じゃねえか。

さしずめ青春の1ページにうっかり垂れちゃったインクみたいな感じ。

そういう厄介だよね修正テープとか使っても理想的綺麗に戻らないし誤魔化しだし!

俺の体感でそれなりの時間が経って、


「あー、んんっ」


片手を握って口元に添えて咳払いした。

いや耐えられないでしょ!? いつまでもそうしていそうな雰囲気だし! 

俺の生前にそんな春は無かったわ見せつけんなお前らも一気に老けちまえ。

アルとユミは2人してびくっと身を縮ませたあと、お互いに素早く視線をそらした。ほほう。立派に育てよ若者よ。正確な年齢は知らないが。


「それで、今後の予定は」

「へっ!? えっと、たはは~」


アルが人差し指でほほを掻きながら照れる。ちっげーよお前らの予定じゃねえ!


「俺はいつまでここで寝てりゃいいのかやら、被害状況やらだ!」


アルが一瞬きょとんとしてから、一層顔を赤くして慌てて答える。


「被害は家畜小屋の扉が破壊されたのと水田が荒らされたくらいです」

「そうか、それは何よりだ」

「ケンジさん、で合ってますね? ケンジさんが連れてこられた時はびっくりしましたけど、診察した結果怪我は一切無くって、なおの事驚きました。意識を失ったのも、極限状態後の疲労と思って差し支えないかと思います」


ユミがこちらを真剣に捉えて話す。


「確かユミだったか。よろしく、ケンジだ。迷惑をかけたな。」

「あ……はい、こちらこそよろしくお願いします」


今まで自己紹介を忘れていたようで、改めて落ち着いた様子で挨拶を交わした。

つか、ひと回り以上、下手すりゃふた回りは年が上であろうおっさんが陽気によろしく振りまいてるのは、お互いの精神衛生上良くないのではないだろうか。

格差社会でもあるまいに。今後の課題としておこう。


「それで、俺はもうどっか行ってもいいのか?」

「いえいえ、ひとまずは安静にしていてください。キョウヘイおじさんもそうおっしゃってましたので」

「僕も付き添いますから。本来だったら草刈りの時間でしたけど、また後日ですね」


とりあえずお前は診療所で大人しくしてろ監視してるからなという意訳でいいよな。仕方ない大人しくしよう。行く当ても無いしな。

ユミが立ち上がって隣――先ほどまでヒデヲが横になっていたベッドへと近寄り、寝台側の棚から小皿を取って戻ってきた。


「どうぞ、キョウヘイおじさんの剥いた梨ですよ」

「ああ、いただくよ」


お皿を差し出される。

俺は小ぎれいに切られて並んでいる梨を、端からつまんで口に運んだ。

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