第30話
「ヒデヲさーん。ケンジさんは目を覚ましましたか?」
「おうアルか。起きたぞ。俺もケンジもピンピンしてるぜ」
一冊の本を抱えてアルがやってきた。表紙に書いてある文字は、"モンスター図鑑"。そのものズバリといった感じだな。
アルに続いてもうひとり女性も付き添ってやってきた。
先程の話からすると、この人がユミなのだろう。随分華奢で若い印象だ。
「・・・・何かわかったか?」
キョウヘイがふたりに訊ねる。
アルとユミは俺のベッド横にあった椅子に腰かけた。
「討伐したモンスターを確認してきました。図鑑と照らし合わせて、おそらく、リミットレス・ウルフだと思います」
アルは図鑑を開いて解説する。
「牙狼(ガロウ)種の中での上位個体と書いてあります。全長は2メートルほどあり全身の毛は黒く額には特徴的な角が生えている――僕らが遭遇したのと一致しています。ただ生息地域は南西地域とあります。どうして村に出現したのかは解りません」
アルが早口でまくし立てる。
「リミットレス・ウルフも例に漏れず群れを成して行動するそうです。宵闇に紛れて獲物を狩るとあります。内包している魔力も多いそうですが牙狼種は魔力を行使する個体が珍しいとあります。代わりにその体格と俊敏さで個々でも危険度は高く、鋭利な牙と爪には注意が必要……だそうです」
アルが説明を終え、部屋に静寂が訪れた。
今の解説からすると、あのリミットレス・ウルフってのは結構危険度の高いモンスターだったという解釈でいいのか? そんなの相手に立ち回ったのか俺?
「なあアル。今回の、そのリミットレス・ウルフってのと同じだけ危険なモンスターはこの近くに出現するのか?」
俺がアルに質問すると、アルは首を横に振った。
「いいえ、僕は見たことがありません。ただ、昔、トモキが森の奥に入っちゃいけないと言っていたので、もしかしたらそこに生息している場合は考えられます」
「そもそも、村の中にいるなんて普通あり得るのか?」
「……当然そんなことはあり得ません。昔も今もこの村は結界で守られていますから、こんなことは初めてです。結界は村全体を覆っていますし、魔力を持つ者は関所からしか通り抜けが出来ません。僕らが見張っている以上、それも……あっ」
アルが唐突に思い出したようではっとなる。
「何か心当たりがあるのか?」
「……あの、そういえば数日前から行商人が村に訪れてました。もしかしたら、その行商人が仕向けたのではと考えられるかと」
「あの商人か。あいつは昨日村を出たぞ。そんで、偶然ケンジを見つけたんだ」
「そうですね。その時に関所に詰めていたのは僕ですから僕も知ってます。でも、あの馬車にモンスターが隠れ潜んでいたのかも知れません。あの商人が手引きした、そう考えるのが無難です」
「そんな事あり得るのか?」
その、俺が助けられて村に連れてこられる前にやってきていた商人が、あの狼3頭を飼いならしていたという線は可能なのか?
「……ならば、商人の目的はなんだ、アル?」
キョウヘイが冷静に問う。
「それは……わかりません。でもあれほどの獰猛なモンスターなら、ローン村なんて容易に壊滅してしまう可能性はありました。ケンジさんがいなかったらと考えると、皆今頃は……」
それからしばらくは静寂が支配した。
それぞれが各々の考えをまとめているのだろう。あるものは真剣な表情を崩さず、あるものはあり得た最悪の場合を考えて身震いしている。
メアが本のページをめくる音だけが耳朶を打った。
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