第29話

狼の首を切り落とした後の俺は、当てどなく村を彷徨うことになった。


もと来た道を戻れば良かったのかもしれないが、アルはヒデヲを診療所に連れていくと言っていたので先ほどのところに戻っても誰もいないだろうし、その診療所とやらを探していたのだった。

ただ、興奮も冷め切り疲労や脱力感が押し寄せてくるのを懸命に押しのけて農村を徘徊することとなった。

マジ身体が重かった。


辺りは殆どが畑やら菜園で民家を見つけることができなかったし、

運悪く誰とも出会うことが出来ずに苦労した。


後から知ったが、川を挟んだ門側の方面は住民はあまり住んでいないのだそうだ。

ヒデヲの家は村の外れに位置するらしい。

どうしてそうしたんだよヒデヲ……。

狼の返り血と自分の傷からの出血で全身猟奇的真っ赤な容姿で斧を引きずっていたから、この時の俺を村人が見ていたら殺人鬼にしか見えなかっただろう。


事実、偶々見つけた宿屋に助けを求めた時るともの凄く怯えられた。当然だ。


この時最後に、診療所に連れてってくれとどこの誰とも知らない相手に視界が朧げな中で伝え、俺はその場で意識を失った。


次に目を覚ました俺は、木製の簡易なベッドに横たえられていた。

またも知らない天井がお出迎えしてくれた。


「……、起きたか」


顔を横に向けるとベッドひとつを隔てて見たことある顔が椅子に座っていた。

キョウヘイだ。

なんだ、元気そうだな。

ヒデヲを助けるときに姿がなかったが、うまく逃げおおせていたということらしい。


キョウヘイは器用にも小さなナイフを用いて果物の皮を剥いていた。

梨か?男の一人暮らしに果物なんて縁が無いから判別できないがきっとそうだろう。


この村なんでもござれで栽培しているようだから、果樹園もあるのだろうな。

その横ではメアがちょこんと座っている。身なりが奇麗に整っているのでシャワーでも浴びたのだろう。小さなぬいぐるみを手に持ち絵本を読んでいたが、


「起きたー!」


俺が起きたのに気づくと途端に近寄り笑顔で腕をにぎにぎ。うむ、可愛い。

そして、隣のベッドにはヒデヲが頭の下に腕を組んで横になっていた。


「ヒデヲ、無事か?」

「おう、人生で最大のピンチだったかもしれねえが、この通りだ。

助かったぜケンジ。ありがとうな」


ヒデヲはあっけらかんと答えた。いつものヒデヲだ。


「メア。ケンジもまだ万全じゃねえ。こっちで大人しくしてなさい」

「はーいパパー」


メアが俺の腕を放し元居た場所へと戻る。


「……傷は治ってるが、お前も安静にしてろ」

「あぁ、キョウヘイはお堅いな。心配しなくても大丈夫だっての。ほれ」


ヒデヲは両腕をあげる。

確かに、狼との交戦で負ったひどい裂傷が完全に治癒していた。

俺は声も無く驚嘆した。


「にしてもケンジよ。ここに担ぎ込まれたときは意識はねえし全身は血まみれでおっかなかったぞ。メアが驚いて泣き喚いたんだからな。ま、俺も大差なかったがな」

「……ユミが大慌てだった。急患が立て続けに、しかも血みどろの服の下には一切の怪我が無いことで更に驚愕していた。」


キョウヘイが呆れたように答える。それに関しては俺が知りたいぐらいだぞ。


「ユミって誰だ?」

「診療所を取り仕切っている娘さんさ。今は、アルと一緒にさっきのモンスターについて調査してくれてる。いや、若さってのはうらやましいな!だっはっはっ」


ヒデヲはこれまでと変わらない調子で笑う。


「それよりもだ。まさかあの斧を自在に扱えるとはな。驚いたぜ。昔はハンターとかだったのか?」

「……さあ? わからん!」

「先を越されちまったが、次こそは俺も使いこなしてみせるぜ! だっははっ」


ヒデヲは悔しがってはいるものの、軽く笑い飛ばしていた。

キョウヘイがやれやれといった様子で俺たちを窺っていた。


「そういえば、ここは診療所で合ってるんだよな? 俺は運ばれてきたのか?」

「……そうだ。ボスが運んできた。」


キョウヘイが静かに答える。


「宿屋の主人の事だ。俺たちはボスって呼んでんだ」

「そうだったか」


なぜボスなのだろうか。ケンジやキョウヘイ、村長のジロウは幼い頃からの友人のようだし、ボスもその輪の一員――というかリーダーとかってことだろうか?


「んで……あの最後のモンスターは、ちゃんと仕留めたんだな?」

「ああ、首をはねた。その後、診療所を探して歩いたんだが、あまり覚えていない」

「そうかそうか……。ケンジは偶然宿屋にたどり着いたようだぞ。流石にボスも驚いたそうだ。ここまでケンジを担いできて、ぼやいて帰っちまった。斧は預かってるそうだ」

「……まぁ無事ならいい。今日、会ったばかりのやつが死んだら目覚めが悪い」

「そうだな! ケンジ、改めてありがとうな」

「ああ、こちらこそ、世話になりっぱなしだからな。ありがとう」


ふたりの安堵と感謝に、こちらも不器用ながらも笑顔を作って返した。

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