第28話

「ヒデヲオオオオオオオオ!」


俺は斧を構えてそのまま狼へと思いっきり振り下ろす。

斧は首に深く食い込むと狼はそのまま断末魔の叫びも無く大人しくなった。


「うらあっ!」


足の裏で狼の胴を押さえ、斧を引き抜きつつヒデヲの上から蹴り飛ばす。


「ぐあっ、いてえぞケンジ踏むなああああ」


踏み込んだ勢いによってヒデヲを踏みつけたようだが、とりあえずは無事のようだ。


「ケンジさん、前ッ!」

「ッ!?」


アルの叫びにヒデヲから視線を逸らし前を見ると、最後の狼が飛びかかってきた。

ヤバいヒデヲの呼びかけで反応が遅れた! 斧を構えようとしても間に合わない!

あっこれ死ぬな、次こそ死んだ。ウエルカム黄泉の国ッ!

ごめんよヒデヲ、メア。向こうに行っても仲良くしてくれよ。

俺が至高の男飯チャーハンを振る舞ってやる。


「ギャウゥゥゥゥゥゥゥゥン」


軽く走馬灯が巡り始めていた刹那、何が起こったか判断できないが間一髪のところで狼が横なぎに吹き飛んでいった。

……状況に思考が追い付かないが、仕留めるなら今だ。

俺は斧を振り上げて狼に迫る。


「おらああああ」


素早く起き上がった狼は後ろに飛び退いて躱してきた。

斬撃はわずかに狼の足を掠めると俺と狼の視線が交錯する。


「キュウゥゥゥン」


小さく鳴いた後、狼はきびすを返して水田の方へと駆けて行く。


「ヒデヲさん、大丈夫ですか!?」

「ヒデヲ、無事か!?」


振り返ると、アルがヒデヲに駆け寄って声をかけていた。

俺も斧を片手にヒデヲへ近寄る。


「ケンジさん! えっ、ケンジさん?」


アルが驚いた様子でこちらを見るが今は気にしている場合ではない。


「ああ、俺は平気だ。ちょっと掠っただけだ。ケンジ! もう一頭は仕留めたか?」

「いや、逃げられた」

「バカ野郎!早く追って仕留めろ。野放しにしておくわけにはいかねえ。いってぇ」


ヒデヲは起き上がろうとするが、腕や足に切り傷が見られる。

全然掠った程度ではない。

あれだけの激闘でこの程度の傷で済むのは奇跡的だが、抉れてかなり痛々しい。

これはグロテスクだわ生でこんなんは初めて見た。


「ケンジさん、僕がヒデヲさんを診療所まで連れていきます。さっきのモンスターを追ってください。手負いの今ならまだ間に合います」


アルがヒデヲの上体を起こすのを手伝いながら言う。


「わかった。アル、ヒデヲとメアを頼む」

「はい」

「パパぁ」


俺は背中に必死にしがみついていたメアを降ろし、立ち上がって狼の逃げて行った方角へと視線を向ける。

狼は丁度水田のあぜ道に差し掛かろうとしている。

先ほどの応酬で掠めた傷のせいか歩みが遅い。

あれなら追いつける筈だ。

俺は再び斧をしっかりと握り込み狼の跡を追った。


やはり狼は傷を負っているようで、赤い血が点々と残っていた。

あぜ道の入り口までたどり着いてから見失ってしまったが、

微かな血痕を辿っていくと途中で血痕が水田へと続いていた。


稲穂が不自然に傾げているから、そこを通って行ったのだろう。

弱っているとみて間違いないだろうが、不意打ちで襲われでもしたらとんでもない。

俺は神経を研ぎ澄まして稲の分け目を見極めつつ、警戒して進んだ。


この時になってようやく気付いたのだが、痛みは完全に抜け狼に噛まれた傷は何事もなかったように癒えていた。

マジかよ!? この身体、超回復したよ。ヒデヲより重体だったはずだぞ。

どうなってんだ?


しかし、落ち着いて考えればあそこで仕留められなかったのは確かに失敗だ。

アルの声でヒデヲを優先してしまったが、完全に愚行だった。

このまま見失って放っておいてしまうと村に被害が出る。

ヒデヲはそのことが分かっていて声を荒げたんだろうな。

一難去った後とはいえ、自分の身が窮地だったって時なのによく頭が回るぜ。


この水田を超えた先は平地が続いているが、あの狼を見失うといったことになりかねないんじゃないだろうか。

地面のぬかるみと視界不良で思ったより歩みが遅くなってしまう。

手負いの狼も微速だと思われるが、追いつくことが出来るのだろうか。

だが、その心配は杞憂だった。


水田を抜けた先の平地で狼は倒れていた。

見た目のキズは大したことはなさそうだが、俺の前で横なぎにされたダメージが効いているのだろうか。

全身が黒い。穏やかなこの村では場違いの外見。

角と牙が陽の下できらびやかに輝いている。

少しだけ血を流し疲弊しきっているのか、浅い呼吸を繰り返していた。

近寄って改めて狼を見やる。俺に気づき目が合うと睨んでくる。


「……」


動物に対しての情なんて特には湧いてこない。

今まで飼った事は無いし、時折り近所で犬の散歩をしている人やネットで猫の画像を見つけたりはあっても、特別感情が動かされるといった場合も無い。

あるとすれば、怒りだろうか。危うく俺たち全員死ぬところだったのだ。

突然の暴力の具現。それに必死に抗った結果が今なのだ。


この狼がどうして出現したのか、何故俺たちを襲ってきたのかはわからない。

こいつらも、生きるのに必死だったのかもしれない。

だが、この世界でも弱肉強食の理は存在するだろう。

食物連鎖の理は存在するだろう。

俺たちは、この狼よりは強かった。だから勝者の特権で命を絶つ。そういうことだ。


……今、楽にしてやる。


そして俺はゆっくりと斧を持ち上げて振り下ろし、その首を切り落とした。

辺りに鮮血が飛び散り、大地を赤々と染めたのだった。

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