第36話
たった今対戦した相手が席を離れていくのを何となく目で追う。
遠くの席に座ってお酒を飲むのをぼんやりと眺める。
「なあヒデヲ、もうそろそろ俺も飯が食いたいんだが……」
今の挑戦者を最後に寄ってくる人がいなくなった。ようやく終わったようだ。
「そうだな、ちょっと待ってろ」
そう言ってヒデヲが会場を回るのを俺は酒を煽りながら見ていた。軽く皆に挨拶し、最後に店のカウンターまで行ってからこちらに戻ってきた。テーブルの斜め横について椅子に座る。
手に持っていた皿には料理が様々な色合いを見せてよそられていた。
中でも大きな肉は食べ応えがありそうだ。
「んじゃ、俺とも乾杯だ」
「ありがとなヒデヲ。乾杯」
お互いのジョッキをぶつけ合い、俺とヒデヲは晩飯にありついた。
その間、それぞれのテーブルから村の人たちが代わる代わる料理を持ってきたり、ヒデヲが場を沸かすような冗談や英雄譚を喋ってと、早々と時間は過ぎ去っていった。
しっかし美味かった。特に、黄身とろ卵添え島国風まぜそばは絶品だった。
あっという間に無くなった料理に万感の思いを寄せていると、唐突にヒデヲが切り出した。
「さて、まだ相手がいるだろ?」
「相手? 何のことだ?」
「もちろん、腕相撲の続きだ」
「まだやらされんのかよ……次はどいつだよ?」
「俺だ」
ヒデヲがにんまりと答える。
「はっ? 酔ってんのか? ヒデヲさっきはやらないって言ってたぞ?」
「だっはっはっ、真打ちはここぞという場面で登場しなければな!第一さっきは代わってくれって話だったじゃないか。俺がケンジに挑戦するんだから関係ない」
喋りながら俺の対面に腰を下ろして肘を机上に付く。
「さあ、大一番だ。やろうぜケンジ!」
その掛け声を合図にどんどん野次馬が集まり、気付けば周囲には人だかりが出来てしまった。
周囲のひやかしの村人たちが、俺はヒデヲに賭ける! とか、いやケンジのほうが強かったケンジに賭ける! とガヤガヤ騒いでいる。
いや賭博に使うんじゃねえ!
「ああ、分かった。やるよ。」
どの道逃げようもない俺は応じて右手を机に投げ出した。
ヒデヲはその手を掴んで起こし上げニュートラルポジションへと構える。
「おう、言っとくけど加減とかするなよ。むしろ全力で、殺す勢いで来い」
物騒な言い回しだなとヒデヲの顔を見ると、目が真剣そのものだった。
こちらを射殺さんばかりの眼光だ。
「ジロウ、こっちに来て審判を頼む」
こころなしか少しドスの利いた声に聞こえて、ぐっと唾を呑み込んだ。
だが闘う前からひよっている場合じゃない。何故こんな本気でヒデヲが挑戦してくるのかは分からないが、受けて立ってやる。男と男の真剣勝負だな。
にらみ合いに応じ、全身に力を籠める。神経を研ぎ澄ます。
「……勝負する顔になったな。そうだ、それでいい。ジロウ、頼む」
「任せろ。しっかりジャッジしてやる」
俺たちの異様な一触即発の空気に場が静まっている中、手を掲げジロウが宣言する。
「レディ……ファイッ!」
お互いが開始の合図で力を解き放つ。
間違いなく両者共に全力だ。
握り組んでいる手、本気の眼差し、纏った雰囲気、全てがそれを伝えてくる。
闘いは拮抗している。
ぶるぶる震える互いの腕はほとんど開始の位置から動いてはいない。互角だ。
「ぐっ」
少しでも気を緩ませてしまうと劣勢になってしまう。ヒデヲの力が重い。
肌が、五感が、直感が、このままではまずいと警笛を鳴らしている。
ヒデヲは必死な表情をしている。おそらく俺もだろう。お互い全く譲らない。
歯を食いしばり力を押し付け合う。
そこでふと、先程の言葉が脳内をよぎった。
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