第12話

「あいつは……トモキは、ある日突然帰ってこなくなった」


立ち止まると、ヒデヲは重々しく話し始めた。

こちらを振り返ること無く。


「突然だった。いや、必然だったのかもしれない。トモキは、そりゃ俺たちの息子とは思えない程に優秀だった。村のために色んなことをやってくれた。

本人は村のみんなが嬉しそうな顔をするのが楽しくてしょうがないみたいだった。

俺たちは何度も驚かされたよ。

それから村の中だけでは飽き足らずに外へ出てモンスターを狩ってきた時は、村の皆全員がおったまげた。あいつは村では珍しい魔力を操る才があってな、腕っぷしなんか12の時にはもう俺を超えてたよ。

だっはっはっ、しかもしっかり者ときたもんだ。親の面目なんてあったもんじゃなかったぜ。自慢の息子だ。」


まるで空元気のように笑いながらヒデヲは語る。


「トモキは次第に村から出かけていくことが増えた。

メアが生まれたのもその頃だな。最初は村周辺の散策だったんだが、しばらくするとその範疇を超えて、ここから最寄りの村へ、街へ。あいつは冒険家になった。

それから、数日帰ってこないなんて当たり前になった。

冒険家になることは俺も、チヨも、心配はしたが反対はしなかった。

トモキの実力は俺たちが一番知っていたし、無茶はしないと信じていた。

それに、トモキが帰ってきて俺たちに旅の話をする姿が、それはもうイキイキしていてな。反対なんかできねぇだろ。

外の世界が楽しくてたまらないと見て、聴いて、理解できた。

だから、俺たちはいつも笑って見送って、いつ帰ってきても笑って出迎えてやったさ。月日が経つにつれて帰ってこない期間は長くになった。メアが物心つく頃には数カ月帰ってこないことも多くなった。」

「お兄ちゃんはね、帰って来るとメアにお土産いーっぱい、お話いーっぱいしてくれるんだよ。」


メアは誇らしげに俺の顔を見上げる。

ヒデヲは顔を見せないように空を見上げる。

今、何を見ているのだろう。何を思っているのだろう。


「そしたらなメアの5歳になる一週間前、誕生日には帰ってくるだろうなと思っていたところに王都からの使者が来てな。

足取りが掴めなくなったと、伝えられた。それだけ、ただそれだけさ…………。

だが、結局は認識が甘かったのかもしれん。あいつなら大丈夫と。

もっと心配してやっていれば違ったかもしれん。俺もチヨも、村の外の世界には詳しくないからな。いつものように気ままに帰ってくるだろうと思っていたんだ。」


それから何と声をかけていいのかわからずに気まずい空気が流れる。


「……」


待ておい! どうすりゃいいんだよ!? かなり重い話じゃねえか! 

いや自分で分かってて話しかけたろこの馬鹿俺好奇心この低能髭ヅラ老け顔クズが!

お前は社会に出てマナーってもんを全く理解しなかったようだなよし死して詫びよさあヘルファイアぶちかませおんどれ!


俺の脳内が自責の念で満杯だったところに、ヒデヲはひとつ大きく息を吸って、そして声を大にして言う。


「だがな、俺もチヨもメアも当然信じてるぜ。ウチに帰ってくるってな。

今だって旅の途中なのかもしれねえし、もしかしたら遠い町で呑気に暮らしてるのかもしれねえ。だから悲しんじゃいられねえよ。

だから俺たちはよ、親より早く逝っちまうなんて親不孝な息子じゃねえと信じてここで待つって、そう決めたんだ。あいつの帰ってくる場所は、ここにあるからな」

「あるからなー!」


メアも胸を張り声を上げる。

晴天に佇むヒデヲの後ろ姿には、強い覚悟が見て取れた。


すぐ目の前にある背中が妙に大きく感じられた。

それはまさしく、漢の背中だった。

……おいおい、ヒデヲのおっさん、あんた、カッコよすぎるぜ。

その背中には先程一瞬よぎった不安や恐れ、後悔は一切無かった。その精神と心は無類なき強さを帯びていた。


背中で語るとはまさにこのことだな。


魅入ったと表現すればいいのだろうか? 先ほどの負の念はどこへやら、俺はヒデヲの背中から目が離せなかった。


一息の間


「だっはっはっ。つまらん話をしたな。さあ、そろそろ行くぞ遅れちまう。今日は忙しくなるからな!」


ヒデヲは右手でサムズアップし再び歩み始める。

結局一度もこちらを振り返らなかった。


「ほーらーいくよー!」


メアがズボンを引っ張って催促する。笑顔で。


俺はハッとなって、メアの頭を優しく撫でた。

それからヒデヲの後を追いかけて歩き出した。

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