第11話

「おーうケンジ! そろそろ出発しようと思ってたんだ」


声のする方へと目を向けると少し先の木製ベンチにヒデヲとメアが並んで座っていた。おそらく俺を待っていたのだろう。


「おはようさんケンジ。立ち寄りたいところもあるから、そろそろ来てくれないと遅れちまうところだったぜ」


そうか、丁度良い時間に自然と起きれたようだな。


「そうかーちゃんと起きれて何よりだった……のか? ギリギリまで寝てチヨさんにやさしく起こされた方が、幸福な目覚めだったな」


「だっはっはっ。正直なこと言ってくれるな! なんだぁ俺の嫁狙ってんのか?俺は毎日だぞ良いだろう? まっ寝ててもチヨにそんなことはさせねえけどな。もし起きてなかったら、俺が部屋まで行って肘を思いっきり落としてやるところだ」


ヒデヲが肘を構えて落とすジェスチャーをしている。

メアと一緒になってホントにやってきそうだな。

骨が折れて内臓も損傷するわ。・・・・・起きれてよかった。


「ヒデヲこそ、昨日結構飲んでたのに、朝早いな」

「おうよ。どんなに飲んでもいつも次の日にはシャキッとしてるぜ!。ケンジこそ、体調は良いのか?」

「ああ、問題ない」

「もんだいなーい!」


メアが声をあげてはしゃぐ。


「チヨから昼メシも受け取ってきたな。よし、じゃあ出発できるな」


ヒデヲはベンチからのっそりと立ち上がった。次いでメアも立ち上がり俺たちの周りを飛び跳ね始める。


「よいせっと、年々をくって衰えてくのが辛いぜ。俺は魔力を扱ったりできないからよ、猶更だ。今の生活に不便やら不満は無いが、もうちっと年に抗いたいねぇ」

「ほー魔力を操れると年を取らないのか?」

「年を取らないというか魔力で体を強化出来たりするからな」


ぶつくさいいながらもヒデヲは軽く腰をひねったり腕を回している。

四十肩的なやつか、この世界でも年には勝てないようだ。


でも生活に不満はない、か。

さっきチヨが言っていた。息子が帰ってこなくなったと。おそらくヒデヲも内心では気に病んでいると。そんな話を聞いても独り身の俺には子供がいる親の気持ちは当然わからない。なんとか取り繕っているんだろうなとは思うが・・・・


もし、突然身近な人に会えなくなったら、俺は悲しいのだろうか。


「うし、じゃあそろそろ行くか」


当然、俺がそんなことを考えているとは露知らずに意気揚々とヒデヲは歩き出した。


「いくかー! いくよー!」


騒ぎながらメアが俺の足にしがみついてくる。


俺が転がり込んできたとかは関係なく、繰り返される穏やかな日常。ヒデヲには、ヒデヲの人生があるのだ。


ただ、先を歩き出したその背中にわずかな哀愁を感じた俺は、ヒデヲの少し後ろを歩きながら無意識につい訊きたかった事を口に出してしまった。


「ヒデヲ、ちょっと聞いても良いか。その、ヒデヲの息子についてなんだが……」

「おう、なんだ、どうしたんだいきなり」


ヒデヲは振り返らずに答える。

うわっ、やっちまったと思いつつも、俺の口は止まらずに続きを継ぐ。


「いや、昨日も息子がいるとは言ってたしな。実はさっきチヨさんから聞いちゃってな……ヒデヲは、辛くはないのか?」


「……」


沈黙が流れる。そよぐ風だけが時間の流れを感じさせる。

足にしがみついていたメアのズボンを握りしめる手が強くなった気がした。


この空気に何かを感じ取ったのかもしれない。

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