第10話
「お役に立てることがあれば、これからも力になりますよ」
紳士的な態度を心掛けたつもりだが大丈夫だったろうか。
今の俺はおっさんだ。礼には礼をもって返す事を心掛けたい。
「ふふふ、頼りにしていますよ。ケンジさんも、いろいろ思い出せるといいですね」
正直忘れてることはないのだが……
まあそこは混乱を招くような事態にならないようにだ。
優しいウソということにしておいてくれ。
今後どうするかはこの世界の事を把握した後か、なにか非常事態に陥った時に向き合うことにしよう。
自分で言うのもなんだが楽観主義の快楽優先的な性格でよかったぜ。
元より守るべきものの無い一人暮らしだったからな。
以前の生活に未練なんてないし、あーでもFPSヒャッハーできないのは未練か。
まっ!俺、適応力高い! 偉い! どんな世界でも強く生きていける!
寂しい独り身だけど!
「それでは頑張って下さいね。……あら、その胸ポケットに入れているものは?」
「ああ、これ……メガネですよ。何というか…思い出せないのですが自分にとって大切なものような気がしたので」
弁当の包みを受け取る際に、チヨが俺の胸ポケに入れたメガネに気づいた。
「そういえば最初ヒデヲさんが言ってました。倒れていた時メガネをかけていたって。昨日はつけていませんでしたけど、大丈夫でしたか?」
「それがですね、メガネをかけても度が合っていないんです。」
「かけていたものなのに不思議ですね。あっ、ちょっと待っててください」
チヨはテーブルの傍にあった棚に近づき、小箱を手にしてから戻ってきた。
「もしかしたらケンジさんが何か思い出すきっかけになるかもしれませんからね。大事に持っておけるようにということでどうぞ」
手のひら大ほどのメガネを入れるのみ丁度良さそうな大きさのケースを差出される。
「これは、助かりますありがとうございます」
ケースを受け取り、その中にメガネを収納してみる。ピッタリだ。そのままだとなにかの拍子に歪んでしまったりと気にかけないといけなかったので助かった。
ケースを作業着の胸ポケにしまい、それから両手にヒデヲと俺の分の包みを持ち玄関へと案内してもらった。ヒデヲは先に行って準備しているとのことだ。
「では、いってらっしゃい」
「いってきます」
俺はドアノブを回し開ける。家からこの世界へと新たな一歩踏み出した。
最初に視界へ飛び込んできたのはうっそうとしたどこまでも続きそうな緑だった。
圧倒的に自然だった。
コンクリートジャングルで育った身としてはとても新鮮だ。
障害物と言えるようなものはまばらに見えるのは木造の住宅や動物用の畜舎のみ。
しっかりと整備された緑の区画も見える。
いや、周りを見れば緑だけではなく色とりどりの植物が集まる花畑のような区画で、それらを一望できる平地となっている。憩いの場というやつだ。
一見して丘陵地は存在せず随分と遠くまで見渡すことができて、都会のようなくすんだ灰色はどこにもない。
振り返って家を眺めると木造の家の周りに花壇や植木に見たこともない植物が植えてあり自然と共存している事が見て取れる。
なるほど、これは確かに村だ。
イメージとしては完全に地方の山奥にある集落。
都市もあるようだし、この村の規模は恐らく小さな方だろう。
軽やかな風と共にチュン、チュン、という鳴き声が聞こえてくる。
スズメのような鳥がこの世界にもいるのか。村にいるということはモンスターではないと思われる。
モンスターはまだ見たこともないし俺の知る動物との違いもよくわからないが…
ヒデヲに昨日聞いた話だと、村や都市ごとに結界が張られていてモンスターの侵入を防いでいるらしい。で、結界は魔力持つすべての者を通さないので各都市、各村ごと必ず通行用の関所があるそうだ。
そんな事情とは無縁といわんばかりの長閑な景色
あまりの何も無さにやや愕然とする、目を閉じ大きく息を吸って吐く。
なんとなくだが空気が美味い。都会の喧騒にはない清涼感がある気がする。
この村には天気に大きな変動が無く比較的穏やかな天候が多いと昨夜聞いたが
なるほどこれが……ノスタルジーってやつか。
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