Ep1-4

 休憩を終えてからレジに戻ると、会計待ちの人が並んでいたので持ち込まれる伝票の処理を進めていく。その合間に店内を見回してみると、一時のピークは過ぎたようで空きのテーブルが増えていた。

私のバイト先は数あるファミレスチェーン店の中でも安さと提供速度が売りなのに加え、立地も人の往来が多いえきまえなのもあってお客さんは常日頃から流れるように入ってくる。

 そのおかげもあって、私たちの時給も他と比べると良い方ではあった。

 むしろそのぐらいの待遇はないと、この仕事でモチベーションを保って働くのは難しい。

 少し前だと注文にケチをつけるおじいさんの相手をしたり、その前は会計の金額が違うと苦情が入り店長が出る事態にまでなったが、結局相手の計算ミスな上謝罪もなしで有耶無耶にされたので、人と接することにストレスを感じてしまうのも無理のない話だった。

 会計に並んでいた最後のお客さんを見送ってから、テーブルに残された皿を回収しに各席を訪れる。几帳面に皿を重ねて端に寄せている所もあれば、そのままにしているのに加えて提供していない商品の袋が置いてある所もあるので、人と接することの難しさに今後も悩まされることを示されていた。

 そうして巡回しながら、最後に窓際の席に差し掛かる。

 ここはテーブル席並みの騒がしさはなく、喫茶店のような静けさが単独のお客さんに好まれていて、よく外の景色を見ながら本を読んだりパソコンを開いて作業をする人で並んでいる。

 そんな雰囲気に比例するようにこの場所では騒動も起きることがないため、時折本当に人がいたのかと疑いたくなるぐらいに静かに席を立つお客さんも少なくはなかった。

 そして、その前例にもれることなくあの演劇部の一年生がいた席も今は椅子だけが寂しく置かれている。


「帰ったのか……」


店の柱につけられた掛け時計は眉が真横に伸びて眠気を誘うような表情であり、それを過ぎれば二十二時を迎える。

 その時間帯になると高校生は自宅に帰らないといけなくなるので、彼女がいないのも当然のことでありむしろいる方が問題になりかねなかった。

 この仕事だとそういう事にも気を遣わないといけないので、外見通りの良い子であることにホッと息を零す。そして次に時間を気にしないといけないのは私の番になるので、周りを確認してからそそくさとバックヤード目指して歩き始めた。

 


* * *



物事が起きるには、何かしら理由がある。

高校生にもなると、授業の中で度々哲学的な言葉を聞く機会が増えてくる。それはことわざや四字熟語の意味として伝えられたり、偉人が発した言葉の真意を解説するのに使われたりすることが多い。

けれど、そんなことを気にして生きている人なんてそういるのだろうか。

大体の人は哲学的なことを研究するよりも、今日のことをどうするかを考える方が有意義に感じていて、難しいことに脳を使う余裕なんて持ち合わせてはいない。

普段なら、その大多数に私も含まれているはずだった。

けれど、今日はその中から少し逸脱しそうだった。


「あの子、今日も来てるね」


正確には、この一週間になる。

あの演劇を見て以降、彼女は連日ここに来ては窓際の席に座るようになっていた。

そして、あの一人稽古も私が通る度にしているので、それも毎日やっているのだろう。

仕事帰りのスーツ姿の人たちに紛れているのだが、それが反対に目を引いてすぐに見つけられてしまうので、私たちの中では新しい常連客になろうとしていた。


「顔も可愛いから、なんだか絵になるわね」

「野村さんも不用意なことはしないでくださいよ」

「分かってるよぉ」


 暇を持て余した野村さんが厨房から顔を出し、指でファインダーを作って後輩をしっかりと捉える。

 彼女の趣味は写真を撮ることなのだが、被写体のほとんどが女性で気に入った子には声をかけて撮影を依頼するほどであり、それ以外のものには全く興味を示さないほどの徹底ぶりだった。

 窓の外を眺めながら佇む後輩を撮ることにウキウキしている先輩に、この間言われた台詞で注意すると不貞腐れた顔で厨房に引っ込む。普段は良い同僚ではあるのだが、自分の趣味が関わるとなりふり構わず突っ込もうとするきらいがあり、それで一度店内でトラブルになりかけたのでそういう意味では一種の変人ではあった。

けれど、彼女の腕は素人の私から見ても十分魅力を引き立たせる力があり、既に何度か賞を取っていることがその実力を現している。

 時々変わっているなとは思うことはあるけれど、熱中出来るほどの趣味を持っていることは少し羨ましくもあった。



 私にも、そういうものにまた巡り会う日が来たりするのかな。


 

 良くも悪くも平凡な生き方をしてきた私にとって、部活や何かしらの活動をしている人たちを見ていると一本線を引かれ隔てられているような感覚に陥る。

 以前は私も反対側にいたけれど、今となってはこっちにいる方が気楽でいられる。


 ──でも、懐かしさ故かそれがどこか物寂しいと思う事もあった。


 しかし、それを嘆くつもりはない。

 もう自分で決めた事だから。

 それ以上の理由なんて、必要としていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る