Ep1-2
窓から差し込む日差しがオレンジ色に変わると、一日の授業が終わる鐘が校内に響き渡る。その合図待っていたかのように、全校生徒が一斉に教室を後にして駆け出して行った。
その流れに乗らない私は、皆が出ていくのを見送って一人帰り支度を始める。そうして私が教室を出る頃には、運動部の掛け声や合唱部の歌声が放課後の音楽として至る所から鳴り始めていた。
一年もここに通っていれば、何度も聞いたこの演奏はすっかり耳に馴染んでしまい日常の音として浸透している。けれど、その中に混ざって部活に勤しみたいという気持ちはもう無くしており、今では興味すら失ってしまっていた。
それに、今の私にはもう一つの生活基盤としてファミレスでのアルバイトがある。
そこで時間を忘れて精を出す方が今後の社会勉強にもなるし、そこでの勤務歴がこの学校で部活をしていた期間を上回るので、その方が性に合っているようだった。
そんな私のくたびれた足はのろのろと歩きながら来た道を引き返し、シフトまでの時間を食い潰す。
正門をくぐり外に出れば、自分と同じように下校途中の他校の生徒や忙しそうに電話をしながら早歩きをするスーツ姿の男性に、背中に四角い大きなリュックを背負って車道の端を駆け抜ける自転車乗りの人もいて、こちらもまた見慣れた夕方の風景になろうとしていた。
その時間帯の景色に溶け込むように、人ごみに紛れて横断歩道の信号が変わるのを一人静かに待つ。赤い光が長く輝るほど目の前を通り過ぎる車の数も増えていき、一台走り抜けていく毎に一人また一人と歩道に集まりはじめていた。
新生活の時期でもあるせいか、この一週間は普段より人の数が多くなっていて、歩道前が窮屈になるほどに新入生や新社会人が押し寄せている。そうして車道側の信号が切り替わり始める頃には、私の背中に誰かが持つ鞄がすぐ当たるほどに人が密集してしまっていた。
皆が通る場所なので多少は仕方ないとはいえ、外なのに息苦しさを覚えるのとすぐ後ろで見知らぬ誰かが触れられる範囲にいることには少し不愉快なものがある。
……少し、ずらそうか。
私自身よく怖そうな顔つきと言われるので変な奴がついて来るとは思っていないが、それでも背後に人の気配を感じる恐怖は拭いきれないものがある。
それに、今渡ったところでシフトまで暇を持て余すだけなので、多少時間をずらしても問題はなかった。
信号が完全に変わる前に私は集団の脇に逸れて先を急ぐ人たちに道を譲り、最後尾の方へと回り込む。
通行の邪魔にならないよう道の端へ離れてすぐに信号は変わり、帰路に着く人たちは続々と白線を踏みながら往来を始めた。
その勢いは予想を上回り、歩道を埋め尽くすほどの勢いだったので慌てて近くの公園へと避難する。程なく通り過ぎていく人たちを見送り、強張った緊張が解けて安心した私は歩道に戻ろうとした。
——その途中、一人の女の子が視界に映り込む。
公園の隅にいたその子は、髪を二つに結び私と同じ制服を着ている。顔にはまだ幼さがあり、着用を指定されているリボンの色も違うのでおそらくは新入生の一人なのだろう。
そして、どういう訳か彼女は人目につかない茂みに覆われた場所で何かを踊っているようだった。
動きに緩急があり、時折立ち止まって腕だけを動かしたかと思えば、大胆に左右に移動している。ダンスをしているというよりは何かの演技をしているようで、実際に彼女が地面に置いてある鞄のすぐ横には台本と思わしき冊子が立てかけられていた。
演劇に関して言えば、学校の文化祭ぐらいでしか見たことがなくそれほど興味のある分野でもないため、動作の良し悪しが分かるわけではない。
そんな素人目線からでも彼女の動きにはメリハリがしっかりしていているので、分かりやすい方だとは思う。
……ただ、一つ気になるとすれば。
「なんで何も喋らないんだろう」
普通、演劇をするとなれば台詞というものが存在しているはずだ。
それがない役だったり、ノンバーバル演劇というそもそも台詞を使わないものもあるのは聞いたことがあるので、一概には言えないところもある。
しかし、彼女の口は何かを喋るように時折動いていることがある。
単に声が小さくて聞こえていないだけなのか、それとも雰囲気を掴むためになんとなしに動かしているだけなのか。
いずれにしても、その寡黙な演者が織りなす小さな舞台に私は惹きつけられたようで、勝手ながらシフトの時間が来るまで眺めてしまっていた。
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