Ep1-1

横断歩道を渡ってしばらく坂道を上がったところに、今の生活の中心になっている学校が見えてくる。

同じ市内にある他校の校舎は最新技術を象徴するかのようにガラスや天井からの大きなライトをあしらっているのに対して、この学校は珍しくレンガを基調とした装飾になっていて何十年と続く歴史を重んじるかのような雰囲気を現わしていた。

そこに一年以上通っているので、時々ここでの生活はどうかと聞かれることがあるけれど、私からは良くも悪くも『普通』といった答えしか出てこない。

学校の授業は大半の生徒が感じるように退屈で、かといって行事などがなく勉強一辺倒というわけでもない。教室でもとりわけ仲が良いという人がいるわけではないが、誰とも話さず常に一人でいるというわけでもなかった。

だから、結論普通という答に行き着き、そこへ通う普通の生徒が私になる。

人によっては平凡な生活に刺激を求めることもあるが、適度にテストや行事がある学校の環境に不満はなく、むしろ日々何事もなく過ごせていることに感謝していた。


「優莉、おはよ」

 

 普段と変わらぬ足取りで校門を通り抜けてすぐに、後ろから聞き馴染んだ声に呼びかけられる。顔だけを後ろに向ければ、首元より短く切り揃えた女子生徒が私に駆け寄っていた。


「おはよ、理玖」


 彼女──海原理玖(みはらりく)とは中学からの付き合いで、私の数少ない友達の一人で今でも会えばこうして話しかけてくれる。

こうして独りぼっちは免れているけれど、今のように仲良くなったきっかけは全然覚えていなかった。おそらく理玖自身の性格が社交的なので、その流れで自然と話すようになったのだろう。

 そんな彼女は、私の隣に並ぶと楽しそうに頭を左右に揺らしながら歩いている。

 会った時から更に大きくなっていく身体は私のことを簡単に見下ろすようになり、遂には男子生徒の平均にまで迫る勢いだ。

ただ、その身体は動く度に私に当たりそうになるので、そこだけは気をつけてほしいところではある。

立ち位置に気を付けながら玄関まで一緒に歩けば、春を象徴する花がまだお祝い気分で風に揺られている。その隙間から覗かせるように、新品の制服を着た新入生が揃って進んでいた。

入学式から一週間も経つと、服に着せられているだけだった一年生も段々春の登校風景として馴染むようになり、新しい日常の景色として溶け込むようになっている。

 一年前の自分たちもこんな感じだったのかなと思うと、楽しそうに歩く彼女たちが少し微笑ましく思えていた。


しかし、その新一年生たちに向かってチラシを持って声を掛ける人たちがいる様子は、未だに慣れないものがあった。


「今年もやってるね。部活の勧誘」


 この時期になると、校内に設立されている部のほとんどが新入生の確保で連日朝から活動をしている。私の高校は学業と同じくらい部活動にも力を入れているのが特徴で、中にはスポーツのプロチームや有名な劇団などから声をかけられる生徒も出て来るほどだった。

 そんな光景を、隣にいる理玖は暢気に眺めている。

 彼女自身も軽音部に所属しており、ゼロ知識から今はメインボーカルとしてバンド名共々他校にまで知られるほどの実力を身につけていた。


「……優莉は、また何かやらないの?」


賑わう玄関口を遠巻きに眺めながら、理玖はそう尋ねてくる。

この学校に通う生徒の大半は何かしらの部に所属しているが、僅かだがどこにも所属しない人も存在している。

その内の一人が私になるのだが、私は今の生活に窮屈さを感じていなければ退屈だと思ったこともないので、これ以上何かに所属することは考えてすらいなかった。


「私は今のままで十分満足だよ」


率直な言葉を吐いてから、私は一足先に玄関を通り抜ける。

そんな私に理玖が物言いたげに見つめていることは、振り返らなくても容易に視えていた。

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