『お嬢様!俺の青春リベンジにお付き合い下さい!?』超ビンボー学生の俺。学園一の令嬢を騙して資産を奪おうとしたら、彼女もボロアパートでパンの耳をかじる偽物だったんですが!?〜人生逆転ラブコメ!?〜
第5.5話 (幕間):日曜日の聖者たち、あるいは日雇いのラプソディ
第5.5話 (幕間):日曜日の聖者たち、あるいは日雇いのラプソディ
日曜日の朝、午前五時。
学園の王子・神月悠人は、「あけぼの荘」の薄い布団の中で、スマートフォンのアラームを指先一つで仕留めた。
(……母さんの治療費、そして維持費。一刻の猶予もない。一円でも多く積み上げなければ、母さんの命の灯火が消える)
彼は音を立てぬよう素早く着替え、キャップを深く被った。
隣の202号室からは、物音一つ聞こえない。
(……フン、隣の住人はまだ寝ているのか。気楽なもんだな。俺は今日、交通整理のバイトで八千円を確実に仕留めなければならないんだ)
悠人は扉が軋む音を最小限に抑え、忍び足で階段を下りていった。
彼が徹底して気配を殺すのは、近所付き合いという「無駄なコスト」を避けるためだ。挨拶をすれば世間話が始まり、世間話が始まれば冠婚葬祭やゴミ出しのしがらみに巻き込まれる。それは金と時間の損失でしかない。
(……足音を消すのは基本だ。隣の住人に顔を覚えられて、万が一にも学園で『あ、君、あけぼの荘の……』なんて声をかけられたら人生が終わる)
一方、悠人が出て行った数分後。
202号室の住人、西園寺麗華が戦士のような鋭さで目を見開いた。
(……今日も、戦いが始まるわ。西園寺家の再興のためには、日曜の睡眠などという贅沢は不要よ)
彼女は三つ編みをテキパキと結び、着古したジャージの上に安物のウィンドブレーカーを羽織った。
隣の201号室は静まり返っている。
(……お気の毒に。お隣さんは今頃、安物の布団でパンの耳でも夢に見ているのかしら。悪いけれど、私は一足先に高額な『引越し作業の梱包スタッフ』の現場へ向かわせてもらうわ)
麗華も扉が軋む音を最小限に抑え、忍び足で階段を下りていった。
彼女が気配を殺す理由は、西園寺家としての最後の矜持だ。このボロアパートに住んでいることは、彼女にとって「潜伏」であり「隠遁」である。
(……西園寺の娘が、ジャージ姿で安アパートから出てくる姿など、誰の目にも触れさせてはなりませんわ。常に『不在』を装うこと。それがこの街での私の生存戦略よ)
二人はお互いに「隣の部屋にどんな顔の人間が住んでいるか」すら知らぬまま、早朝の街へと繰り出した。
午前十時。炎天下の国道沿い。
悠人は誘導灯を振り回しながら、内心で舌打ちをしていた。
(……暑い。この俺が、なぜアスファルトの照り返しの中で、軽トラを誘導しなければならない。だが、すべては『神月悠人』という完璧な偶像を維持するため、そして母さんのためだ)
悠人は、ふと向かいの歩道を見た。重そうな段ボールを抱えて、必死にトラックへ積み込んでいる「三つ編みの女」の姿が目に留まった。
(……おいおい、あんな細い腕で引越しの手伝いか。無謀な。ああいう効率の悪い働き方をするから、いつまで経っても庶民なんだ。俺がこっちでスマートに交通整理をこなし、現場全体の流れを保ってやるのが、せめてもの情けだ)
一方、麗華もまた、汗を拭いながら歩道の向こう側を見ていた。
(……見てられないわね。あそこでキャップを被って棒を振っているスウェット姿の男。単調な作業に身をやつして、注意散漫で事故でも起こされたらどうするのかしら。私のような『強者』が、必死に働いてこの現場の空気を引き締めてあげなくては!)
麗華はあえて、彼に見せつけるように(実際は腰を悲鳴を上げさせているが)箱を積み上げた。
二人は、「目の前で働いている労働者」が「同じアパートの隣人」であることにも気づかず、ただお互いを「哀れな庶民」として見下し合い、労働に励んだ。
午後六時。
へとへとになって「あけぼの荘」付近まで戻ってきた二人だが、ここでも彼らの「徹底したリスク管理」が、最悪の接触を回避させた。
悠人は、アパートの百メートル手前で一度立ち止まり、影に身を潜めた。
(……待て。今あのアパートの前に、ゴミ出しの老婆がいるな。……チッ、今戻れば捕まって世間話の餌食になる。あの老婆が消えるまで三分、あえて遠回りして時間を潰すべきだ)
彼は駅前の自販機へと引き返し、百四十円の缶コーヒーに指をかけ、三秒迷って、結局指を離した。
(……水道水で十分だ。この百四十円があれば、明日のもやしが何袋買えると思っている。老婆がいなくなるのを待つ間の暇つぶしに、金を払う必要はない)
その頃、麗華はアパートの裏道を、わざと反対方向に歩いていた。
(……いけないわ。今、正面から戻れば、ちょうど買い出しから戻る住人と鉢合わせる時間帯よ。私のような存在は、誰ともすれ違わず、幽霊のように部屋へ滑り込まなければならないのに)
彼女はわざわざ遠くのコンビニの明かりをチェックするふりをして、アパートの入り口が完全に無人になるタイミングを、秒単位で計測していた。
悠人が「無駄な出費」を避けるために時間を稼ぎ。
麗華が「高貴な孤独」を守るために時間をズラす。
皮肉なことに、互いに「最も合理的な行動」をとった結果、二人はコンマ数秒の差で、一度も顔を合わせることなくそれぞれの自室へと吸い込まれていった。
ガチャン、と重なるように響いた二つの施錠音。
壁一枚を隔てて同時に座り込み、同時に溜息をつく。
そして、空っぽの胃袋が鳴らす切実な音を聞きながら、二人は同じ「生存戦略」を思い出した。
((……そうだ、今日は日曜の夜。激安スーパー『マツバヤ』の、最終タイムセールの時間だ!!))
二人は弾かれたように立ち上がり、再び変装の準備(キャップと伊達メガネ)を開始した。
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