第11話:断絶のダブル・チェックメイト
放課後の第一図書室。外界の喧騒を遮断した静寂のなかで、小鳥遊雛は現像したばかりの写真を指でなぞり、悦びに震えていた。
そこには、雨に煙る夜の街、スウェットとジャージという「最底辺の変装」を完璧にこなし、身を寄せ合う二人の男女が写っている。
(……ああ、最高。神月悠人に西園寺麗華。学園の誇る「黄金の二人」が、あろうことがあんなボロ着を纏って、高級タワーマンションへ優雅に消えていくなんて! さすがは本物。遊びの次元が違いすぎるわ!)
雛の確信は揺るがない。あんなボロい格好をしていても、二人が入っていったのは紛れもない、地域最高峰の超高級タワマンなのだ。彼女にとって二人は、「庶民の格好を『究極の非日常』として楽しんでいる、とんでもない変態的セレブ」に他ならない。富も名声も手に入れた果てに、あえて「ゴミ溜めの鼠」の真似事をして快楽を得ている――そう解釈していた。
だが、二人を一人ずつこの場所に呼び出し、別々に問い詰めた結果、雛は腹を抱えて笑い出しそうになるのを必死に堪えることになった。
最初に呼び出された神月悠人は、写真を見るなり、一瞬だけ獲物を前にした獣のような鋭い目を見せた。だが、すぐに完璧な「王子」の仮面を貼り付け、余裕たっぷりに椅子に背を預けた。
「……困るね、小鳥遊さん。彼女は僕が個人的に支援している、不幸な境遇の知人なんだ。あんな格好をしていたのは、彼女の生活レベルに合わせて安心させるための、僕なりの慈悲だよ。バラされたら、彼女のプライバシーが守れなくなる。何が望みだ?」
悠人は、隣の三つ編み女が「西園寺麗華」だとは夢にも思わず、ただ自分のスウェット姿という「貧乏の証拠」を隠すため、聖人君子のような嘘を吐いた。
その一時間後に呼び出された西園寺麗華もまた、扇子で口元を隠しながら、傲慢なまでの美貌に氷のような余裕を湛えて言い放った。
「あら。あれは私が個人的に更生を助けている、身寄りのない男性よ。私もあえてあんな無様な姿で、彼の歩幅に合わせてあげていたのよ。一種の慈善活動(ボランティア)ね。西園寺家の慈悲を、そんな卑俗な好奇心で汚さないでくれるかしら?」
麗華も同様に、隣のキャップ男が「神月悠人」だとは気づいていない。彼女もまた、自分のジャージ姿という、死んでも認められない「どん底の醜態」を隠蔽するために、高潔な救済者を演じてみせた。
二人が去った後の図書室で、雛はついに堪えきれず、机を拳で叩いて笑い転げた。
「……最高。神月様は『彼女のためにスウェットを着た』と言い、西園寺様は『彼のためにジャージを着た』と言い張るなんて。お互いに相手を『守るべき庶民』に仕立て上げてまで、そのスキャンダラスな愛を貫こうとしているのね!」
雛の脳内では、二人が「身分違いの恋を演じて楽しんでいる、究極のロマンチスト・セレブ」として美化されていた。
「いいわ。そこまで『庶民ごっこ』がお好きなら、もっと本格的な舞台を用意してあげる。ちょうど九条院様が、所有する客船のスタッフが足りないと嘆いていたところよ」
雛は楽しげに、船の運営スタッフ名簿に二人の名前を書き込んだ。
「あんな豪華な船の上で、お互いに安っぽい制服を着て、汗水垂らして働く。……二人で協力してその屈辱を乗り越えれば、きっとその愛(共同作業)はもっと深まるはずだわ。ああ、なんて素敵なシャッターチャンスかしら!」
雛は、二人が「お互いが協力してバイトに励む姿」を期待して、恍惚とした笑みを浮かべた。
――だが、雛は知らない。
二人が本当に「一千万」に困窮している本物の貧乏人であることを。
二人の運命は、横浜港に停泊する豪華客船『ヴィーナス・ノア』へと収束していく。
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