第7話:虚飾のフルコース


 月曜日の朝。私立聖鳳学園の重厚な校門をくぐった神月悠人は、胃の奥でとぐろを巻く「鈍い重み」と戦っていた。

(……クソ。やはりマツバヤの揚げ物は、月曜の朝に響く。あの三つ編み女と競り合ったせいで、つい無理して全部食っちまったのが間違いだった……)

 悠人は、いつもの「完璧な王子様」の仮面を装着していた。セットの崩れない髪、清潔感のある制服。彼は優雅に、取り巻きの女子生徒たちに爽やかな微笑みを振りまく。だがその内側では、昨夜の古い油が激しい逆襲(胃酸)を仕掛けていた。

 一方、反対側から漆黒の髪をなびかせて歩いてくる西園寺麗華も、その内側では激しい胃もたれに悶絶していた。

(……昨夜の、あのキャップ男に見せてやりたいわね。これこそが、選ばれし者の姿よ。……それにしても、胃が重いわ……)

 二人は廊下で鉢合わせると、互いの正体を知る由もなく、優雅に挨拶を交わした。

「おはよう、西園寺さん。今朝も一段と、気高い美しさを放っているね」

「おはよう、神月くん。……あなたこそ、清々しい朝をお迎えのようで何よりだわ」

 そこへ、一人の上級生が声をかけた。

「やあ、二人とも。待っていたよ。会長が君たちを呼んでいる」

 案内されたのは、学園の最上階に位置する生徒会室。重厚な扉を開けると、そこには既に二人の人物がいた。

 一人は、2年生の生徒会副会長、九条院 凱(くじょういん がい)。

 もう一人は、豪華な執務机の奥に深く腰掛け、足を組んで窓の外を見つめていた少女――生徒会長、大鳳 雨(おおとり れいん)。

「神月くん、改めて歓迎するよ。西園寺さんが君を『実態調査中』と雨様に報告していたから、私の方でも手ぐすね引いて待っていたんだ」

 九条院が爽やかに笑い、お抱えの執事に淹れさせたヴィンテージの紅茶を二人の前に差し出した。

「さあ、飲みたまえ。我が家の農園で朝露の時期だけに摘ませた特注品だ。君たちの家で出しているものに比べれば、少し落ちるかもしれないがね」

 悠人と麗華は、並んでソファーに座り、琥珀色の液体を口にする。

(……っ!)

 一口含んだ瞬間、悠人の胃の中で「最高級茶葉の芳醇な香り」と「昨夜の古い油」が激しく衝突した。

(クソ……、香りが良すぎて、逆に胃がひっくり返りそうだ……!)

 麗華もまた、カップを握る手がわずかに震えていた。

(……なんてこと。あまりに高貴な味わいすぎて、安物コロッケで汚れた私の胃が拒絶反応を起こしているわ……!)

 そんな二人の苦悶を知らず、九条院は満足げに頷いた。その時、奥から静かだが抗えない威厳を持った声が響いた。

「……凱、あまり新入生をいじめるな。西園寺、神月の『実態調査』の進捗はどうだ?」

 大鳳雨がゆっくりとこちらを向いた。その冷徹な美貌に射抜かれただけで、室内の空気が数度下がったような錯覚に陥る。

 麗華は一瞬で背筋を伸ばし、鋭い視線を悠人に送った。

「ええ、雨様。彼が我が生徒会の『会計』に相応しい器か、現在も慎重に見極めております」

(この女……、俺の正体を探る名目で、大鳳の関心を自分に繋ぎ止めてるのか!?)

 悠人は内心で戦慄する。だが、本当の「絶望」はその後に待っていた。

 大鳳雨はフッと口角を上げた。

「いいだろう。なら、見極めの一環としてちょうどいい。……凱、例の件を」

「ああ! 雨様の仰せのままに」

 九条院が一枚の書類を突き出した。

「役員の任命にあたって、大鳳家より祝辞代わりの『試練』だ。来月の創立記念チャリティ晩餐会にて、役員には最低でも一千万円の個人寄付、あるいはそれに相応しい『物』の出品を期待している」

((いっせんまん……!?))

 悠人の脳裏に「電気代の催促状」が、麗華の脳裏には重箱の隅の「ちくわの皮の焦げ目」が浮かぶ。

「当然、二人のような名家には問題ない額だろう? 期待しているよ、神月くん、西園寺さん」

 大鳳雨の冷たい瞳が、二人の仮面を剥ぎ取らんばかりに射抜く。

 二人は同時に、最高に優雅で、最高に引きつった笑顔を作った。

「「……ええ。とても、親しみやすい(興味深い)お話(ノルマ)ですね」」

((お前らのせいで、吐きそうなんだよ!!))

 二人の心のツッコミが、初めて完璧に重なった。

 本物の支配者たちが突きつけた「不可能な数字」を前に、偽物同士の死を懸けた共闘が、今、静かに幕を開けようとしていた。



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