第2話:女王の品定め
新入生代表の挨拶が終わり、講堂には形式ばかりの拍手が冷ややかに鳴り響いた。
式典が解散となり、生徒たちがガヤガヤと出口へ向かい始める。
悠人はその喧騒に紛れ、誰よりも早くこの場を去ろうとした。一刻も早く病院へ行って母の顔が見たいし、その一時間後には、深夜まで続く工事現場の警備バイトのシフトが控えている。
だが、その歩みは背後から届いた「冷徹な質量」によって止められた。
「──ちょっと。待ちなさい、あなた」
凛とした、だが有無を言わせぬ圧を孕んだ声。
周囲の生徒たちが、物理的な衝撃を受けたかのように足を止めた。悠人もまた、心臓の鼓動を完璧に制御しながら、ゆっくりと振り返る。
そこには、取り巻きを一人も連れていない、孤高の女王・西園寺麗華が立っていた。
翡翠色の瞳が、悠人の全身をレントゲンでも撮るかのように冷たく検分している。
「……何か用かな、西園寺さん。それとも、代表の座を君に譲らせてしまったことへの、お詫びでも言いに来たのかな?」
悠人は「完璧な特待生」の仮面を被ったまま、穏やかな、だが挑発的な微笑を浮かべて問いかけた。
「神月悠人。入試を全科目満点で通過した、異例の特待生。その頭脳、西園寺の名の下にひれ伏させる価値があるかどうか、興味があっただけよ」
「光栄だね。名門中の名門に、名指しで評価されるなんて」
麗華はフッと鼻で笑った。それは、宝石のような美しさを湛えた、純粋な見下しだった。
「勘違いしないで。あなたが代表の座を奪われて、どれだけ惨めな『敗北者の顔』をしているか、この目で確認したかっただけ。……でも、意外と平気そうなのね。その厚顔無恥さは、育ちの悪さから来るのかしら?」
彼女は一歩、悠人との距離を詰める。
一瓶で悠人の一ヶ月分の食費が飛ぶであろう、高貴な薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。その香りに吐き気を感じながら、悠人は余裕たっぷりに返した。
「代表の座? そんな形式的なトロフィーに興味はないよ。僕がこの学園に求めているのは、もっと『本質的』で実利的なものだから。君こそ、その椅子に座るのがそんなに大事だったのかい? 西園寺の看板を維持するために」
「君」と呼ばれた麗華の眉が、一瞬だけぴくりと動く。不敬な言葉を投げかけられたことへの、隠しきれない不快感。
(──ふん、余裕ぶってろ。お前みたいな家柄だけの飾りが、いつまでその高座に座っていられるか、カウントダウンを始めてやるよ)
悠人の内心の猛毒に気づく様子もなく、麗華は白磁のような指先を伸ばした。
そして、悠人の胸元――中古制服の、わずかにテカった生地に触れる。
「実利……? 卑しい発想ね。所詮は『持たざる側』の人間が、指をくわえて夢見る言葉だわ。……それにしても、この制服。よく手入れされているようだけど、随分とくたびれているわね。生地の奥から、生活の困窮を隠しきれない『安物の洗剤』の匂いがするわ」
悠人の心臓が、一回だけ激しく跳ねた。
バレたか? いや、そんなはずはない。この制服はリサイクルショップで見つけた極上品を、自ら煮沸消毒までして仕上げたものだ。
麗華は悠人の耳元に顔を寄せ、凍てつく吐息とともに囁いた。
「面白いわね、神月悠人。あなたのその『虚勢』が、いつまで続くか試してあげる。……明日の放課後、生徒会室に来なさい。特待生としての『品格』があるかどうか、私がじっくりと、剥ぎ取って(査定して)あげるから」
それは、宣戦布告だった。
麗華はそれだけ言い残すと、優雅に、だが獲物を追い詰めた猟師のような冷酷さを残して歩き去っていった。
一人残された悠人は、彼女の背中を、どす黒い野心を湛えた目で見送る。
(……生徒会室、か。最高だ。向こうから懐を開けてくれるというなら、遠慮なくその心臓を掴みに行ってやる)
悠人はポケットの中で、今日一日の全財産である百四十円を、指が白くなるほど強く握りしめた。
(待ってろ、西園寺麗華。お前が俺を審査するつもりなら、俺もお前の『価値』を徹底的に査定させてもらう。……まずはその生徒会室で、お前のその高慢なプライドを、根こそぎ奪う準備を始めようか)
悠人の瞳に、死神のような冷たい光が宿った。
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