第1章:虚飾のチェックメイト
第1話:黄金の檻への招待状
校門を潜った瞬間、空気の密度が変わった。
視界に飛び込んでくるのは、歴史を感じさせる重厚な石造りの校舎と、手入れの行き届いた広大な英国式庭園。駐車場には、一台で地方の家が買えるような高級外車が、まるで安物の自転車のように無造作に並んでいる。
私立聖鳳学園。
日本を動かす一握りの富裕層、その子息だけが入学を許される「黄金の檻」だ。
そこへ、神月悠人は一歩を踏み出す。
クリーニング店ですら落ちないと匙を投げた首元の汚れを、自ら重曹で叩き洗いし、アイロンの当てすぎで少しテカリ始めた中古の制服。それを、まるで誂え品のタキシードのように完璧に着こなして。
「……見ろよ。あいつが噂の外部特待生、『全科目満点の神月王子』か」
「入試、全科目満点なんて開校以来の快挙ですってね。どこの名家の御曹司かしら。あの立ち振る舞い、王族の教育を受けているに違いないわ」
「涼しい顔をしてるわね。あの余裕、相当なバックがあるのは確定ね。まさに、歩く帝王学だわ」
すれ違う連中が、勝手な憶測と好奇の視線を投げかけてくる。
彼らは、悠人を自分たちと同じ側の人間――あるいは、それ以上の『選ばれし者』だと思い込んでいるのだ。
(──いいぜ、そのまま一生勘違いしてろ、家畜ども)
悠人は内心で冷たく毒づいた。
生徒たちが身に纏うのは、一着数十万はする特注の制服。対する悠人のポケットには、今朝、駅の自販機で三秒迷い、結局「水道水で十分だ」と買うのをやめたコーヒー代、百四十円が入っているだけだ。
けれど、悠人は表情一つ変えない。
背筋を伸ばし、完璧な「選ばれし者」の微笑みを顔に張り付かせる。その微笑みの下で、彼は自分を侮辱し、家を叩き潰したこの階級社会そのものを呪っていた。
(──俺の正体が、壁の薄い四畳半のボロアパート住まいで、昨夜は五十円引きのモヤシを啜っていたと知ったら、お前らどんな顔をして泡を吹くんだろうな)
講堂に入ると、新入生たちのざわめきが波のように引き、一気に静まり返った。
本来なら、入試最高得点者である悠人が壇上で宣誓をするはずだった。だが──。
「新入生代表──西園寺麗華」
壇上に現れたのは悠人ではなく、一人の少女だった。
流れるような漆黒の髪。彫刻のように整った、近寄りがたい冷徹な容姿。そして、周囲を一切寄せ付けない、絶対的な捕食者のオーラ。
「……出たわ。『西園寺グループの氷の女王』」
「あの西園寺グループの令嬢……。この学園のルールすら、彼女の視線一つで凍りつきそうね」
「成績よりも家の格。この学園で彼女に逆らえる人間なんて、この世に存在しないわ」
西園寺麗華。
この国の経済を実質的に支配する『西園寺財閥』の令嬢。
悠人がどれだけ死ぬ気で勉強して満点を取ろうが、彼女の「名字」一つには勝てない。努力などという安っぽい言葉は、ここでは通用しない。不条理な学園の縮図が、壇上で凛と立つ彼女そのものだった。
(……最高に反吐が出る。期待通りだ、このクソッタレな学園)
鈴の鳴るような、だが氷のように冷たい彼女の声が響き渡る。
その高潔な姿を、悠人は最前列の席からじっと見つめた。
彼女こそが、人生リベンジのための「獲物」だ。入院中の母を救うための数億円。それを手に入れるための、最も美しく高価な鍵。
(待ってろ、お嬢様。お前のその高慢な自尊心も、その身に纏う莫大な資産も……全部、俺が奪い取ってやる)
麗華がふと、悠人の方に視線を落とした。
翡翠色の瞳と、悠人の冷徹な視線が真っ向からぶつかり合う。
他の生徒たちが蛇に睨まれた蛙のように目を逸らす中、悠人だけは口角をわずかに上げ、挑戦的に見つめ返した。
「……ふん」
悠人は誰にも聞こえない声で、小さく笑った。
正体を隠し、死神のようにその懐へ潜り込んでやる。
地獄の底から這い上がってきた男の、富裕層の世界を欺く偽装劇が、今、幕を開けた。
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