第5節 森の奥にある神殿

 私たちは木々が生い茂る森の中へと足を踏み入れた。

 目的の巨木は予想以上に遠くにあるらしくって、どれだけ歩いても中々近づくことができなかった。


 森の中を歩いてると、人のいた痕跡が時折現れた。


 ナイフで切り拓かれた道。

 固まった泥に残る靴跡。

 落ち葉で作られた寝床。


 誰かが通った痕跡は、進むごとに数を増していく。

 毎日足が棒になるくらい歩き続けたけど、痕跡の主――お父さんに近づいている実感が、私の足を前に進ませてくれた。


 でも――

 その希望は突如として、途絶えてしまった。


「道がない……」


 森をようやく抜けて、視界が開けた時だった。

 それまで歩いていたはずの道が、突然途絶えてしまったのだ。

 断崖絶壁になっていて、遥か下には大きな水場があるのが見える。

 各所から流れた水が、水路を辿ってここに流れ着いているみたいだった。


 対岸もこちらと同じように絶壁になっている。

 あまりに綺麗に壁が切り取られているから、元々架かっていた橋が落ちてしまったのかもしれないと思った。


 左側には箱庭を取り囲む巨大な外壁が見える。

 いつの間にか、私たちは箱庭の外側に向かって歩いてきたみたいだ。


「道を間違えちゃったのかな……。どうしよう、トワちゃん」


 森の中を抜けるのは中々骨の折れる作業だ。

 油断するとすぐに道を見失ってしまうし、同じ場所をグルグル歩いてしまうことも少なくない。

 今まではトワちゃんの方向感覚のお陰で何とか進んでこれたけど、引き返すとなると話が変わりそうだと思った。


 すると、トワちゃんは何かを探すようにきょろきょろと周囲に目を向けていた。

 どうしたのだろう。

 疑問に思っていると、すぐに「あった」と歩いていく。


 トワちゃんの歩いた先には、石の台座に置かれた透明な水晶があった。

 太陽の光を取り込んでいるかのように、水晶は美しく輝いて見える。

 水晶の置かれた台座には、読めない文字で何やら陣のようなものが描かれていた。

 何かの呪術の陣だろうか。

 少なくとも、私は見たことがない。


「その水晶がどうかしたの?」


「見てて」


 トワちゃんが水晶に触れる。

 すると、突如として水晶の内側から強い光が放たれた。

 放たれた光は辺り一帯を強く照らし、私はあまりの眩さに思わず目を瞑る。

 それと同時に大きく地面が揺れたかと思うと、やがて左側にあった外壁から音もなく石が飛び出してきた。


 飛び出た石は私たちの眼の前まで伸び、さっきまで何もなかった空間に足場を生み出す。

 崖だった場所に、石の橋が生まれていた。

 見たこともない技術に、思わず唖然とする。


「何これ……。何でこんな仕掛けが……」


「ここにはこんな仕掛けがいっぱいあるんだー。多分、お日様を遮らないように、普段は引っ込んでるんだと思う」


「日光を遮らないためだけにわざわざこんな仕掛けを?」


 そう言えば、箱庭で巡った場所は、どこも陽が明るく差し込んでいた気がする。

 水の反射や天窓を通じて、太陽の光は箱庭の至る場所を照らしていた。

 まるで、この巨大な古代都市を太陽の光が包んでいるかのように。


 偶然だと思って気にしていなかったけれど、もしあれが意図して作られたものだとしたら、それはとんでもない技術だ。

 そう、こんな仕掛けを作ることだってできてしまうほどに。


 ただ、疑問に思ってしまう。


「そんなこと、人間に可能なのかな……」


「アキナ、行こう!」


「あ、うん」


 トワちゃんに促され、私は足を進める。

 恐る恐る乗った石橋は、確かにそこに存在していた。

 少なくとも、幻じゃないみたいだった。


 ◯


 橋を渡った私たちは、しばらく石が敷かれた道を進んだ。

 さっきまでは森の中だったけれど、この辺りはすっかり都市だ。

 周囲を見ると、倒壊した建物や大きな柱の残骸がいくつも残っていた。

 民家らしき箱型の建物がちらほら点在している。


 耳を澄ませると、どこか遠くから水のせせらぎが聞こえた。

 空は青く晴れ渡り、日差しが暖かい。

 心地の良い場所だと思った。


「お父さん、この辺にいるのかな……」


「引き返してないと思うから、たぶん?」


 さっきの石の橋を渡った先で、同じような水晶があったから私も試しに触ってみた。

 私が触れても問題なく動作したから、あの仕掛けは誰にでも動かすことができるものなんだと思う。

 お父さんがこの先に進んでいる可能性は、十分ありえた。


「アキナは、お父さんに会ったらどうしたい? やっぱり殴りたいのか?」


「えっ? ど、どうだろ……」


 気になったのか、トワちゃんが尋ねてくる。

 私は景色を見つめながら、しばらく考えた。


「最初は殴ってやろうと思ってたけど……今は違うかも。たぶんお父さんにあったらこう言うと思う。『どうして私やお母さんも冒険に連れて行ってくれなかったんだ!』って」


 私はギュッと握った拳を見つめる。


「お父さんを探しに村を出た時、怖かったけど心が高揚した。自分の見たことない世界を見ることに、ワクワクしてたの。そんなワクワクを独り占めしたお父さんを、今はずるいって思ってる自分がいるんだ」


「だから怒るのか?」


「うん。いっぱい怒ると思う。きっとね、私はずっと冒険に憧れてたんだ。悔しいけど、私に冒険のきっかけをくれたのはやっぱりお父さんで、お父さんがいなかったら、きっと私は生涯何の疑問も抱かずに村の中で暮らしてた。だからお父さんのことは許せないけど……でも同時に、今は感謝してる」


 私はトワちゃんの手を取る。


「私、こうして箱庭をトワちゃんと探索するの楽しいよ。こんな素敵な景色が見られて、すっごく自由になれた気がしてるんだ」


「自由かー……」


 トワちゃんは、小さく私の言葉を繰り返すと、やがて納得したように頷いた。


「トワね、アキナの気持ちわかる。トワもアキナと歩くの楽しかった。アキナと歩いた場所の中にはね、トワも行ったことがない所がたくさんあったんだ。知らない世界を見るのって楽しいんだね」


「うん。きっと、それが冒険なんだよ」


 トワちゃんの無邪気な笑顔は、かつての自分と重なる。

 お父さんと一緒に冒険を心から楽しんでいた、幼い頃の自分と。

 トワちゃんも、私と共に冒険をして、昔の私と同じ気持ちになってくれているのかもしれない。

 そうだとしたら、とても嬉しい。


 しばらく歩き続けて、やがて私たちは道の突き当たりへとたどり着いた。

 どうやらここが終点らしい。

 そこには壁一面に太陽の彫刻が掘られた、大きな建物が存在した。

 荘厳な雰囲気で、神殿のように見える。


 門からは中の様子を伺うことができた。

 覗いてみると、窓から差し込んだ陽の光が長く続く廊下を照らしている。


「あの木はこの先にあるのかな?」


「うん、多分そうだなー。通り抜けできると思う」


「じゃあ、入ろっか」


 私が進もうと足を踏み入れると、トワちゃんが背後から「ちょっと待って」と私の服を引っ張った。

 不思議に思って振り返ると、彼女は犬のように臭いを嗅いでいる。

 どうしたのだろう。


「ちょっと獣臭い。ここは入口が大きいから、獣の巣があるかも」


「獣って、もしかして肉食獣?」


「うん」


 思わずゴクリと唾を呑む。

 不安を露わにした私を安心させるためか、トワちゃんはニッコリと太陽みたいな笑みを浮かべた。


「大丈夫! トワの近くにいたらアキナ守れる! トワかなり強い!」


「う、うん……頼りにしてるね」


 龍を一人で屠ったトワちゃんを疑うわけではないけれども、こんな華奢な女の子が肉食獣を倒す光景はちょっとイメージができない。

 私が住んでいた故郷の村でも、時折肉食獣の餌食になった人がいる。

 獰猛さや恐ろしさを知っているからこそ、恐怖の方が先に立った。


 私はトワちゃんにしがみつきながら恐る恐る神殿の中へと足を踏み入れた。

 慎重に進んでいると、不意に床の感触が柔らかいものに変わる。

 床一面が草に覆われていた。


「わっ、すごい」


 見渡すと、壁の至るところに蔦が張り付いている。

 植物が生い茂り、すっかり呑み込まれているみたいだ。

 その様子は、この場所が長い間放置されていることを物語っている。


 外から覗き込んだ時は薄暗く見えたけれど、いざ中に入ると思ったよりも明るかった。

 植物の根や草花に覆われている人工物は、どこか幻想的にも見える。


 そのまま長い廊下を抜け、大広間へと入った。

 高く吹き抜けになった天井を見上げると、二階に通路があるのが見える。

 どこかに上へ登る階段があるのだろう。


「高いなぁ」


 トワちゃんの呑気な声が壁に反響する。

 だがその声もすぐに静寂に飲まれてしまった。

 空気がピンと張り詰めている。

 広間の更に奥に廊下があったので、そちらへ向かった。

 いくつか部屋があるらしく、一つ一つ見て回る。

 祭壇のようなものが置かれた部屋があり、かつてここで誰かが祈りを捧げていたのが見て取れた。


「何に祈ってたんだろ。やっぱり太陽かな。ねぇ、トワちゃんはどう思……あれ?」


 振り返ると、そこにトワちゃんの姿はなかった。

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