第9話 バベルの塔
時を少し巻き戻し――
◇◆Side:Apple◇◆
木の階段を下りながら、私は思考を巡らせる。
クロックスくんのことは、今は考えてもわからない。
それよりも……
……パールくんは何を考えていたんだろう。
私は回想する。あのときのことを。
八年前。
私とパールくんは、毎日のように遊んでいた。
そして私は――パールくんに、いつも助けられていた。
肉体的にも、精神的にも。
……パールくんは、なんで私を助けるんだろう。
その理由がずっとわからない。
八年前も……今も。
パールくんは昔から、無口というわけではないけど、感情を言葉にすることが少なかった。
怪我をしても痛いとは言わないし、悲しくても悲しいとは言わない。
まるでその感情自体を抱いてないようにすら見えた。
今私の横を歩いているパールくんは、何を考えてるんだろう。
何を感じて――何を感じないでいるんだろう。
さっきパールくんが話そうとしてくれていたことは、いったいなんだったんだろう。
『言葉が通じても、心が通じるわけじゃない……』
私は心の中でそう呟いた。
「じゃあ、また後で」
パールくんがそう言った。顔を上げると、いつのまにか風呂場に到着していた。
「うん」
私は頷き、女性用入口をくぐる。
パールくんが話せるようになるまで、ゆっくり待つしかないよね。
そう結論づける。
◇◆◇◆
第九話「バベルの塔」
◇◆◇◆
風呂場に入る。
男風呂と女風呂が中で繋がってた! みたいなラブコメ漫画みたいな展開はなかった。倫理観のしっかりした異世界だ。
……あ、そういえば、寝るときどうしよう。部屋ひとつしかないよね。ベッドもひとつ。私たちは二人。
一緒に寝るわけにはいかないもんね。あの頃とは違う。
「どうしようかな」
こういうのは私から言うべきなんだろうか。
でもそれって、なんか嫌な感じだ。
一緒に寝たくないから床に寝て。って言うのはね……。
「うーん」
風呂の中を見回す。
けっこう広い。ふつうの銭湯くらいの広さはあるんじゃないだろうか?
どこにこんな敷地があったのか不思議だけど、地下だからどうにでもなるんだろう。それこそ、あの修練場みたいな広場の地下にこの風呂場があるのかも。
先客がいた。
遠くから見てもすぐにわかる
シュプラさんは柔らかそうな生地のアイマスクをつけて湯舟に浸かっている。
「シュプラさん」
声をかけると、シュプラさんはぴくっと顔を動かし、ゆっくりとアイマスクをはずした。
「ぺらぺらぺら」
もちろん、シュプラさんが何を言ってるのかはわからない。たぶん、「ああ、リンゴちゃん」みたいなことを言ったんだとは思う。
「どうも」
私は軽く会釈をする。シュプラさんはまた何かを言って、アイマスクをつけた。
「ゆっくりしてってね」だろうか、それとも「私は寝てるけど気にしないで」だろうか?
とにかく、嫌そうな顔をしていたわけではなかったので、安心する。
近くのシャワーを使って頭と体を洗う。
ほとんど濡れない雨だとはいえ、やっぱり体に雨特有の匂いはついている。洗い流したところでまた匂いはつくんだろうけど、念入りに洗った。
湯舟に浸かる。たぶんこれはふつうの水道水なんだろうけど、この雰囲気だけで癒される。ふぅーっと長く細く息を吐き、タオルを頭の上に乗せた。
壁のタイルに何か絵が描いてある。それはどうやら、高い高い塔の絵だった。雲を突き破る高い塔。ドラゴンボールのカリン塔……よりはだいぶ太い。あれかな。『バベルの塔』みたいなものだろうか……
「ぺらぺらぺら」
シュプラさんの声。見ると、シュプラさんはアイマスクを上にずらして私を見ていた。眠たげな目だ。
「どうしたんですか?」
「ぺらぺらぺら」
「今のところ、問題ないです」
「ぺらぺらぺらぺら」
「なんだか、お風呂に入ったらドッと疲れが出てきちゃいました」
「ぺらぺらぺらぺら。ふふ」
大げさにボディランゲージを交えて私たちは会話する。正確に意味を理解できてるわけではないだろうけど、なんとなくの雰囲気は伝わってくる。
私はシュプラさんの言葉はわからないけどシュプラさんには私の言葉は伝わってるわけで、その一方通行な感じは、ちょっと面白い。
「そうだ」
私はポン、と手を打つ。
「シュプラさんもここに泊まってるんですよね?」
「ぺらぺらぺらぺら」
「じゃあ、私、シュプラさんの部屋で寝たいです」
「……ぺら?」
「私たち、その……すごく微妙な関係性で。知り合いではあるけど、すごく久しぶりに会って距離を測ってるというか……。とにかく、一緒のベッドで眠るのはさすがに、っていう感じで。かといって一人が床の上で寝るのも大変ですし」
「ぺらぺらぺら~」
シュプラさんはにまにまと笑っている。
「だから、もしよかったら私、シュプラさんのベッドで一緒に寝たいです。そしたらパール……センジュくんも、ベッドの上で寝られるますし」
「ぺらぺら」
シュプラさんはぐっとOKサインを出してくれた。
「ありがとうございます」
「ぺらぺらぺらぺら」
「困ったときはお互いさま、ですか? そうですね。私もいつかシュプラさんのお役に立てればいいな」
「ぺらぺら」
シュプラさんはぱたぱたと手を振り、湯舟から立ち上がった。さすがにのぼせそうなんだろうか。ともかく、私もついていく。
シュプラさんは私よりも背は低いけど、なんか、私よりも背が高いようなイメージがある。
どう言ったらいいんだろう……シュッとしてるんだよね。線が細いというか。綺麗な壺みたいに線がなめらかで整ってる。うん。整ってるなあ~。って、背中を見つめながら思う。
体を拭いて着替える。そういえばどんな服なんだろう。畳まれていた服を開く。
スリーピースのパジャマだ。パッド入りのキャミにショートパンツ、そして丈の長い長袖トップス。このトップスを上から羽織る感じだろう。
フリルとかはついてないし、薄い青色なので、私の好みに近い。白いラインが入っていて、それは和風だけど、それ以外はけっこう機能的で洋服っぽい。
腕を通す。生地も柔らかくていい感じ。
シュプラさんのほうを見ると、シュプラさんが着ているのも同じ服だった。
めちゃくちゃ、似合っている。
「似合いますね、シュプラさん」
「ぺら?」
「すっごく似合ってます」
「ぺらぺら」
「お世辞じゃないです」
シュプラさんは小さく笑うと、私と指さしてぺらぺら言った。「リンゴちゃんも似合ってるよ」とかそんなことだろう。
「私はいいですから。ほら、あんまり長居するとセンジュくんが待ちくたびれちゃいますから、早く行きましょう」
私はシュプラさんの背中を押し、脱衣場から出た。
次話「鏡の割れた部屋」に続く。
跡地 たそたそめそ @tantanman
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