第25話 妥協の会談

「お待たせしました」

 馬に乗ったリリアとスーさん……というかスーさんが後ろなんだね、真顔でリリアにしがみつく形になってるのはちょっとシュールだけど、結局スーさんが会談に連れてくる選択をしたのがリリアっていうのはどういう意図なんだろう、会談という点で言えばヌーリエ教会の魔法で保護した月詠さんが1番絵になりそうだけど……関係度合いで選んだのかな。

「女性ですか」

「不満でも」

「いえ、ですが……」

「キハグレイスは男社会ってことでしょう?でもパタでは問題ないんじゃないんです?」

 フロリアさんが教導しているくらいだからね、隊長じゃないのはそういった部分に配慮した結果かもしれないけれど重用しているのは間違いないしね。

「それで、どちらで会談を行うので?」

「あなたが代表ですか、私は……」

「ドラク卒学様、私は外交という点においては確かに代表を任されておりますが、キハグレイスの調査等の総責任者はそこにおられるイネ様です」

 フロリアさんは予想してたけどドラクさんも嘘だろって表情してるよ……いやまぁ身長150cmも無い娘っ子が代表とか何の冗談なのかってなりそうだしね、ドラクさんのイネちゃんの評価って多分暗殺者だし。

「とりあえずこんな往来で会談するわけにはいかないのでしょう?」

「あ、あぁ……それもそうだ、それに対外的な事務における責任者が揃っているのであれば話は早くなる。それではそちらの方は?」

「調査事業を請け負っている最大組織からの出向責任者ですよ」

 スーさんの流れるような方便にリリアが一瞬驚いた感じの表情になりかけたけれど、見方によれば事実な内容だったのですぐに笑顔に戻った。

 一応ヌーリエ教会の階級ではスーさんの方が高いのだけれど、神官長の試験的な意味合いもあるので、神官長のスーさんよりも神官のリリアの方がヌーリエ教会の責任者という立場になっているのである。

「責任者の方がそれだけ集まりこちらに来られて大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ、優秀な人間が集められていますので」

 最優秀とは言っていない。

 フロリアさんのふとした疑問にも即答するスーさん、思考読みしているのがバレるんじゃって心配になっちゃう反応速度だったけどいいのかな。

「ではこの場にいる全員で私の屋敷、その応接会議室へと移動しようか」

「応接間と会議室が合体しちゃってるんだ」

「昔は栄えたとは言え今は辺境の田舎だからね、領主の館を増築するくらいならば街への投資に回しているだけだよ」

 なる程、それは普通に関心する。

 例えポーズだけだったとしても、民衆にしてみれば何かしら自分たちのために行動を起こしてくれたってだけで支持する要因になり得るし、何より現状までの簡単な調査結果ですらドラクさんは民草への施政は寄り添っている内容で実行に移しているのを証明するかのように、格差はあるものの貧困層にも笑顔が見えていた辺り察することができる。

 ともあれイネちゃんたちはドラクさんの屋敷、つまりはパタの領主の館に入ったわけだけれど……。

「ドラク様の肖像画のみの質素なロビーですね」

「いけないかい」

「いえ、調度品は民製品であるのが伺えますし、大きな肖像画に関してもキハグレイスの貴族社会には最低限必要なものなのでしょうから、人となりを伺えると言ったまでです」

「皮肉だね」

「素直な感想だったのですが……気を悪くさせてしまったのでしたら、申し訳ありません」

「いやいい、見栄だけでまつりごとはできないのは事実だ」

 唐突なスーさんの皮肉にびっくりしたけれど、なる程、あちらがこちらの頭の中身を覗けるのかを、頭の中を覗きながらラインを探ったわけか。

 そして今の結構キッツイ内容でもドラクさんは受け流せる……いや気にしないレベルだって判断していたわけだね、スーさんのことだから見た目に関してもそれなりに見えるようにしているかもしれない……スーさんは物理的な肉体よりも精神体寄りな夢魔らしいから、実際にドラクさんからどう見えているのかは知るよしもないけど。

 ロビーに入ってからその会話のみで、目的の部屋へと入ると流石に客人を招く部屋だからか高そうに見える調度品がいくつか置いてある、置いてあるのはいいのだけれど……勇者の力で調べてみるとどうにもイミテーションや贋作の類っぽいのがなんとも。

「それでは会談を始めましょう」

 上座に座ったドラクさんの声に合わせてこちらも手前の下座に当たる席に座る。

 まぁ当然ながらフロリアさんは立っているのだけどね、名目上護衛らしいし。

「まず、そちらの正体を聞かせてもらっても構わないだろうか。イネさんの技術などを含めて考えてもキハグレイスの人間とは到底思えない。勿論差し支えなければでいいが……」

「キハグレイスとは異なる世界、あなた方から見れば私たちは異世界人です」

「スーさん、それ言っちゃっていいの?」

「はい、私に任せて頂ければ」

「いや任せるけどね、交渉技術ならスーさんが1番なんだし」

 異世界人と聞いて驚く表情を見せる2人を横目に今の会話を聞こえるようにしてしまうが、スーさんは特に何も言わない辺り頭の中を見た上でなんだろう……というかそうじゃないとちょっと現場が大変になりかねないし。

「それを証明することはできないでしょうか、流石にその言葉を全て信じるには」

「お孫様、お願いします」

「うん。領主様、お庭を少し使わせていただいてもよろしいでしょうか」

 ……なんで証明にリリア?

 普段ならイネちゃんが勇者の力でビームライフルやら作って使って見せるってのが1番手っ取り早かったけれど、それよりもいい手段があるってことかな。

「構いませんが、破壊活動などは控えて欲しいですよ。ただでさえ市民が警戒しておりますから」

「破壊ではないですが、ちょっとびっくりはするかもです」

「一体何を……?」

「私たちの世界の神獣をお見せしようと思っています」

「それは、どの程度の大きさなのですか」

「見ていただいた方が早いと思います。お庭を見せていただいた限り大丈夫だと言うことは保証しますよ」

 ヌーカベ連れてきたってこと?

 でもリリアたちは馬でパタまで来たわけで、それだとディメンションミミックで別空間で連れてきたとかそんな感じなのかな……あれ、便利だけど扱い間違えると大惨事だからイネちゃんは装備として採用していないのだけど、スーさんやリリアなら安全に使えるのかな。

 リリアがドラクさんたちにヌーカベを見せるために今入ってきたばかりの扉に向かう最中にスーさんから。

「イネ様が帰省されていた最中にアングロサンから提供された技術とディメンションミミックに使用されていた術式を組み合わせたものが開発されたのです。既に試作品の域は突破していますが、量産には至っていないので実用データをこちらで取って来いと……」

「ムーンラビットさん?」

「はい」

 なる程、安定性とかを追求するのは終わっているけど、量産するにはデータ不足な状態で試作品ではなく試供品か。

 この後、リリアが小さな箱を開くと同時にヌーカベが出てきて、ぬぅ~と少し鳴いてリリアが毛づくろいしつつ、ドラクさんたちに触らせた後に箱に戻して再び戻ってきて会談が再開した。

「確かに、あれはキハグレイスのどこにも存在しない生物であることはわかりました。それにその箱に関しても金属でできているように見えるのにも関わらず重量は非常に軽く、何かしらのエネルギーも感じられる以上は異世界は存在すると考えるのが自然でしょうし、それを持っているあなた方はそこから訪れた異邦人だということも信じるべきでしょう」

「ですが全てを信じておられぬようで」

「1度見聞きしたからと情報を集めず判断するのは愚か者のすることです」

「確かに。それでは他に何を要求致しますか?」

「いや、今この場でこれ以上欲しいというのは流石に失礼になりますし、今こちらがそちらに対して提供できるものの対価としては、イネさんがキハグレイスにおいて活動しやすい身分、立場を提供して差し上げることしかありませんので」

 ドラクさん、踏み込んで来ないな。

 まぁ戦乱真っ只中、騙し討ちや一方的な宣戦布告とかを経験している都市の領主であれば慎重にもなるか。

「ではこちらは追加で要求しましょう。イネ様が単独で世界を回られている間も、こうして会談を開き、情報の交換を行わせて頂きたい。無論その取引が続く限りは私たちからもこの街の防衛戦力は多少なり提供致しますし……今キハグレイスに召喚された勇者はこちらでをしておりますので、その身柄をこちらに移させて頂きます」

「要求と言いつつ、こちらの利が些か大きすぎる気がしますが?」

「対価を払えないのであれば、今私が出した条件のいくつかをそちらで削っていただいて構いません。こちらが欲するのはこの世界の情報ですので」

「意図が読めません。こちらとしても世界の情報には常にアンテナを張ってはおりますが、そちらの技術力と能力を考えればそれが武器になるとは到底思えません」

「いいえ、今私たちが1番欲しているものはこの世界の、基礎となる情報なのですよ。言語、文化、文明、歴史、風習。そう言った日常を形作るもの全てなのです。学問はタダではないでしょう?」

 スーさんの言葉にドラクさんが考え込む。

 キハグレイスの基礎情報が捕虜の尋問と、昨晩のイネちゃんの見つけた書籍くらいだから確かに喉から手が出るほど欲しい……けれどそれは永続的に続くものではない以上ドラクさんとしては短期的な関係のために大きなリスクを背負いかねないわけだ。

 となればこちらの戦力がどのくらいか、どういうものか、パタに駐留させていいものかとかを頭の中で凄い計算がされているのだろうことが政治的なやり取りに疎いイネちゃんだって想像できる。

 それらリスクをどれほど妥協することができるのかがドラクさんの勝負どころなんだろうけれど……こちらとしてもスーさんの提案した内容だと立場的に下に見られる可能性が高いと思うのだけど、大丈夫なのだろうか。

「大丈夫ですよ、イネ様。異なる世界、異なる文明相手に戦闘無しで対話をしようとなれば1度下になる妥協はいつものことです。少しづつ対等を目指すのが本来のスタイルですので」

 とスーさんは耳打ちしてくれたけれど、その対等を目指す過程が恐ろしく困難になるのではと思うのですが……まぁキハグレイスの文明レベルに触れた感想としてはヌーリエ教会全部が動く必要もなく、ベースキャンプの要員だけで大抵解決できるのは間違いないとも思うけど。

「……万が一の際、指揮系統をこちらに委任していただけるのであれば。更に食事等も現在のパタの情勢ではそちらの方々にまで回すほどの生産量はありませんので、自前で用意して頂きたい」

「当然ですね、戦後を考えておられるドラク様ですからそう仰られるのは想定しておりましたので、問題ありません」

 普通なら難しい顔をするだろう提案だろうに、こちらがヌーリエ教会主体だからすんなり飲まれてドラクさん困惑しちゃってる……。

 まぁあちらもこっちの情報をそんなに持っていないだろうから、今の提案は仕方ないよね、普通相手が食糧と資源を無尽蔵に持ってるなんて想像なんてしないもの。

 しかもスーさん、さらっとドラクさんが口にしていないはずの戦後を口にしたことで考えを読んでいることも示唆してるし……ドラクさんの能力と度量を試しちゃってる辺り、スーさんがムーンラビットさんの懐刀なんだなって実感する。

「わかりました。当面はその形で進め、細かな部分と今後については都度、会合を進めるということでよろしいですね」

「はい、構いません」

「イネさんも今の内容に不満はないでしょうか」

「そうですね、その辺の細かい部分は基本的には一任していますので。現場に出る人間としては動きやすくなるのは歓迎しますよ」

「それでは、本日の内容は明日にも書類にまとめて調印致しましょう」

「わかりました、それでは本日はお屋敷の方にお邪魔させてもらいましょう」

 ひとまずは問題なさそうに話が進んだけれど……イネちゃん、このレベルでの腹の探り合いとか胃痛がひどくなるので今後もできる限り避けたいよね、うん。

 そう思いながらも、笑顔を崩さずにドラクさんと握手をしたのだった。

 親愛の証明として握手は問題なかったのは、胃痛を和らげるものだったよね。

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