第24話 領主との会合

「すみませんが、イオカの報告を受けて1度領主様にお会いになって頂いたほうが良いだろうとなってしまい……ご協力お願いできないでしょうか」

 翌朝、イオカさんの報告を受けたフロリアさんが申し訳なさそうにしつつもそう提案してきた。

「……いいですけど、スパイ容疑とか普通は領主から遠ざけるんじゃ?」

「卒学様の方針なんです。スパイならスパイで取り込めないかと……以前もイネさんのような事例がいくつかありましたから、慣習みたいなものと思ってください」

 なる程、2重スパイ作成計画みたいなものか。

「それにしても……もしかして寝ていないんですか?」

「え、なんでです?」

「目の周りが凄いことになってますよ」

「あー……」

「イオカが不安にさせてしまったようで……」

「いえいえ、ただ本を読んでいたら朝になってただけですから」

「あー……なる程」

 どうやらフロリアさんはイネちゃんをスパイではないと思ったらしく、昨日と同じ感じで話してくれている。

「フロリアさんは疑っていないので?」

「最初にお会いした時の雰囲気と、知識層の方なら考えつきそうだなと思いましたので」

「ということはフロリアさんも?」

「イオカからは楽天的とよく言われるんですけどね、ただイネさんは細かい歴史をご存知ないようでしたので細かい部分は違いますが。現実としては民族の違いによる根本的な思想の差が大きいですから」

 あぁなる程、そうなるとすぐに人類同士の戦争を再開する可能性が高いのか。

「ただイネさんのような髪の色をした人は王都をはさんでパタの反対側の地域に多いと伝え聞いていますし、イオカみたいな教育を満足に受けられなかった層では警戒心が強くなってしまうのです」

 白が強めの銀髪が近い感じの人が30年前に戦争してた相手に多いのなら、感情的な理由で納得できるね。

「そういうことなら仕方ないですね、理屈じゃないんですから」

「本当、すみません」

「旅をしてれば往々にしてよくあることですよ、気にしないでください」

 それにこの展開は考えようによってはイネちゃんにとって凄いチャンスだからね、しばらく時間が掛かるだろうと思っていた盗賊ギルドの試験依頼を大きく進めるきっかけになりそうだから、むしろ大変ありがたい。

「それじゃあ今から領主の館に連行ということになるんです?」

「いえ、それが……」

「なる程、フロリアが申し訳なさそうにするわけだ。この状況にあって堂々とした言動、間者だとするならむしろそれ自体が違和感になるところだ」

「ドラク様!」

 フロリアさんと会話している最中、イネちゃんの後ろから声をかけてきたドラクと呼ばれた人物の方へと振り返ると、絵に描いたようなイケメンがそこに立っていた。

「敬礼は簡略もいらないよフロリア。それに君が居てくれればもし私が見誤っても大丈夫だろう……それに彼女には敵意自体を感じられないからね」

「えっと……イネです」

「あぁ、失礼。私はこの街、パタの領主をさせてもらっているドゴン=ドラク、爵位は学卒だ。君の名前はフロリアからの報告で知ってはいたが……こうして実際に会ってみると想像した以上に幼さの残る方だね」

「よく言われます。自分が人より小さいのは自覚していますので」

 普段からリリアと並ぶと嫌というほど理解せざるを得ないからね、同い年なのに40cmくらい身長で差があるし。

 それに領主のドラクさんはイネちゃんと初対面にも関わらず『幼さを残す』って表現しているからね、少なくとも子供扱いではないということだから怒るのは違う。

「うん、間者というには些か敵意がなさすぎるね。今まで私が出会ってきた間者は隠しきれない深層心理部分に敵意を持っていたが、イネさんにはそれがない」

「理由がありませんので」

「それは嘘かな、君には私に会う理由はあるはずだよ」

「え?」

 この『え?』はフロリアさん。

 ブラフにしても大胆だけど……敵意云々の発言からどうにもこちらの思考とかそういうところを把握している節があるっぽいけど、どうなんだろう。

「その心は」

「盗賊ギルドから報告が来てたからだよ。そして君の欲する情報もついでだから持ってきてある」

「もしかして人相書きとかも?」

「スクリーンの詠術というのがあってね、紙に情景を転写できる技術があるんだよ」

「なる程」

「しかし地下組織に入ろうとしていると看破されても堂々としているのだね」

「なんかそれ以外にも情報を持っていそうですし、今の段階では盗賊ギルドの構成員ではないですから」

「では何故入ろうとしたのか、聞いてもいいかい?」

「旅をするにしても冒険者ギルドの後ろ盾だけではサポートがないのと同じですし」

「なる程、理にかなっている。今の時勢では公的な機関よりも非合法組織の方が力を持っているのは確かだし、この街にとっては半分は公的な組織になりつつあるからね、間違ってはいないし責めることもできないね。だがそれなら何故パタ以外でそれらの組織に所属しようとしなかったのかな?」

 あぁうん、これは突っ込まれたら言い訳できない。

 風土史の他にいろんな書籍の断片的な情報を合わせて、パタの周辺に小さい集落は数える程度しかないのはわかっているし、目の前の領主がそれを把握していないわけがないだろうからね、必要なら盗賊ギルドも使うって人が領内の領民のことに無関心ってことはほぼないはずだからね。

「まぁ、答えられないか」

「いやぁ、答えていいものかちょっと判断に困りまして……」

「……答えられない理由なら察しがつくけれど、悩む理由はちょっとわからないな」

「ドラク様、一体イネさんと何の話を……」

「フロリア、私が思うに恐らく準男爵を殺してくれたのは彼女だよ」

「は!?」

「そう思われる根拠は聞いても?」

「単純に君がパタに入った方角が神域の森側からだったからだね。そっちに村や集落は存在しないし、他の地域から来たとするならわざわざ回り込む理由の方がないだろう?そして君が現れる1週間前に準男爵の死亡が伝えられたわけだから、紐付けて考えてしまうのは仕方ないことだと思うのだが」

「魔軍という考えは?」

「無いね。魔軍は神域に入ることができないし、入ったとしたら森の民と戦うだろうから。そして準男爵の連れていった戦力を考えれば森の民は勝ち目が無かったからこちらとしても情報収集に人を動かしていたのだよ」

 なる程、軍に紛れて現地の情勢を把握しておいたわけだ。

 フロリアさんとイオカさんの話と、深夜に読み込んだ本の内容からしてもドラクさんは森の民との友好的な関係を考えているらしいからね、滅ぼされたら困るわけだし、準男爵のことをなんて言うくらいだから隙があればドラクさんの手の者が暗殺していたかもしれないってわけだ。

「魔軍の方針が変わって遺跡の確保に動いた可能性は考えないんです?」

「もしそうであれば既に世界は滅んでいるよ」

「それはどういう?」

「君はそれも理解できるんじゃないかい?」

「質問に質問で返すのは……」

「失礼は承知の上さ。だが今私、いやパタにとって君たちを取り込むことはできないにしても友好的な関係を作ることが最優先だからね、多少の無礼をしてでも話を進めたい。分かって頂ければではあるが……」

 これは……最初からこっちの正体をある程度把握した上で接触してきたってことでいいのかな、その上でこちらと手を組みたいと言い出してきてるわけだ。

「双方のメリットは?」

「こちらは直接戦力にすることはできないにしても後ろ盾という形で助力を得ることができ、そちらは私を後ろ盾にキハグレイスで自由に活動できる身分を獲得することができる」

「こっちを抑止力として使いたいと」

「そうだ」

 本心を隠そうともしないな……ちょっとこの手の手合いはイネちゃん苦手なんだけど。

<<イネ様、お受けするのもいいかと。現時点で素性を暴露された時点でその街での自由行動すら危ういのですから>>

 こちらからSENDしていないのにスーさんはどうやって会話を聞いているのか……アングロサンの人工衛星の性能がそれだけ高いってことなのか。

「君1人で決断できないのなら、後日会談の場を設けてもいい」

「1つ、質問しても?」

「どうぞ」

「なんでそんなに急いでいるんです?」

「……それを話すためにも、やはり今日拙速に決めるべきではなかったか。君の都合の良い時はあるかい?」

「一応フットワークを軽くするために特に目標を決めずに動いていたので、いつでも」

「君以外の、そうだね……君の後ろにいる方々はどうかい」

<<ムーンラビット様もササヤ様もこちらには来られませんが……それに責任者はイネ様ですので>>

「ちょっと失礼」

 通信機のスイッチをONにしてもうここでは堂々と通信してやる。

「スーさんがこっち来てくれればいいよ、2人で貫禄が足りないっていうなら他に見た目で強い、責任者だって分かる人も連れてくればいいから」

「イネさんは突然独り言をしてどうしたんです……?」

「知識共有詠術のようなものを、詠術ではない手段で行っているのだろう」

 フロリアさんとドラクさんがイネちゃんの通信の様子を見て何か言っているけれど、気にせずスーさんの返事を待つ。

<<了解しましたが……お孫様が何やら調理を初めてしまい……>>

「あー……じゃあもう菓子折りの代わりでいいからそれも一緒に持ってきて」

 なんというか完全にこちらの想定していない流れにはなったけれど、パタの領主、ドラクさんと会談することになったわけである。

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