第26話 スーさんの見解
「ひとまずこちらでの活動拠点を得られるのは確定しましたね」
「割とリスクたっぷりな気もするけれど、スーさん大丈夫?」
「そこの部分に関してはこれよりお話します」
「はい、お茶とおにぎり。これしか今用意できなかったけど、ごめんね」
領主のお屋敷の一室、衛兵詰所の来賓室とは比べちゃいけないものの、3人が入ってまだ余裕があるほどの部屋の広さは流石の貴族の屋敷……ドラクさんは先代から受け継いだだけとは言うものの、調度品はむしろ応接室のものより上等なものが置かれているし、書棚に置かれている蔵書も古そうなものが多く見られる辺り、この部屋はドラクさんの私室か、その先代さんの住んでいた場所なのかもしれない。
ともあれ今はスーさんの見解を聞くために、リリアの用意してくれたおにぎりとお茶を口に運ぶ。
「うん、冷や飯に合う感じの暖かいお茶」
「時間が掛かるって聞いたから。領主さんたちには日持ちのするお菓子を渡しちゃったしね」
あぁそういえばヌーカベを見せるときに思い出してフロリアさんに渡していたっけか。
ドラクさんは食べなかったけれど、フロリアさんが凄く緩みきった表情になったのを見て少しためらってたからそこは印象に残ってる。
「ひとまず直接目通しした私の見解ではありますが、ヒロさんが一時的にでもこちらの世界からいなくなったことで魔軍と呼ばれている勢力が調子に乗って、一部集落を犠牲にしつつ人類軍がここ、パタへと魔軍を誘導しているらしいですね」
「確定?」
「少なくともあの方はそうなるとお考えでしたよ、そのため焦りが強くなっていたものと思われます。なにせ籠城するにしても食料生産拠点は街の囲いの外にあるわけですから」
「なる程、更に言えばここは古い街で観光業が主流、食料生産に関しては周囲に頼らざるを得ない状況だってことだね」
「調味料等も交易に頼っているでしょう、大陸ではない世界では作物は生育に適した場所を用意する必要がありますから」
大陸だとところかまわずなんでも作付可能だから感覚麻痺してるなぁ、地球だってSF的な農業ビルを作り始めているし、アングロサンに至っては既に実用化済みで食事の基本は作物と合成食品によるレーションだったから余計に。
「でもそれならなんで援軍っていうか、援助を求めなかったんだろう?」
「お孫様、ここは大陸でもなければヌーリエ教会の存在も知られていない土地です。確かにヌーリエ教会は頼まれれば可能な限り平和的手段で援助をし、無理であれば武装解除、無力化の手伝いはしますが、この世界の方々はそれを知りません」
「それは分かるけれど……街が大切で、そこに住む人の生活も守りたいって考えてたんだからさぁ」
「あ、リリアも頭の中身見てたんだ」
「うん、ちょっと複雑に考えすぎじゃないかなぁっていうのが私の感想」
「それが必要な世界だということです。特にイネ様が入手した書籍を読めばドラクさんがあのような考えになった理由も推測できますから」
「若く見えて30近いだろうからね、前後5歳くらいと考えたら結構幅が広いけど、上に5歳なら物心付いた時でも人類同士争ってた時期だったんだから、当然人への警戒は自然と身についちゃうよ」
「下に見てもそのように教育されるでしょうから、少なくとも利害が一致している間は手を結べると思ってもらうだけでも現時点では重要なのです」
「むー……ムータリアスの時も似たような感じだったけれど、あの人たちはまだ協力的だったのに……」
「あの時はこっちを可能な限り利用してやるって考えが強かったからだと思うよ。こっちはその考えを利用して一気に開拓進めて両勢力が平和的に対談できる中立地域に仕立てたわけだしね。キハグレイスだと、現状それは難しいよ」
種の生存戦争みたいなことを現在進行形で全面戦争中、更に使い方次第で世界をポタン1つで文字通りに滅ぼせる気象コントロールシステムである遺跡の最寄りの街で、古さで考えれば遺跡と繋がりがあっても不思議じゃない街だから、人類軍だって最強の暗殺者である召喚勇者が確保に失敗した上に姿を消したとなれば強引に手に入れようとしても不思議じゃない。
だからスーさんは交渉の時にヒロ君のことを言及した上で、こちらに連れてくるって言ったんだろうね、重要な抑止力になる存在なのは間違いないし、それでも強行してきた場合にはイネちゃんたちが対応できない方面を任せることもできなくはないし。
「ひとまずヒロさんをこちらの世界に戻し、パタに滞在させるのがこちらにできる最優先でしょう」
「まぁ、それがこっちの打てる最初の手だね。というかドラクさんの動きがどうであれやらなきゃいけないとは思う。問題はこちらに呼ぶメンツ」
「お孫様にはベースキャンプに戻って頂くとしても、ギルドの上位ランカーの皆様には来ていただいたほうが良さそうですが……」
「ウェルミスさんは身重だからなぁ、トーリスさんも同じ理由でこっちは避けたほうがいいから、結局はロロさんだけになっちゃうかな」
「後はぬらぬらひょんの方々が丁度任務を終えてこちらに参加できそうなので、彼らも呼び寄せられるかと」
ティラーさんたちか、確かに身体能力の差を考えたらティラーさんだけじゃなく、ヌーリエ教会の正式な訓練を受けたぬらぬらひょんの人たちも戦力としては申し分ない。
「でも私は戻らないといけないのかな……」
「ベースキャンプ側が責任者不在になっちゃうから、むしろリリアじゃないとダメなんだよ。キハグレイスは結構悪意も強い世界だから、スーさんみたいに腹芸が高いレベルでできないときっついし」
「何より私ならお孫様が守られているものを守る必要がなく、武器にできるというものもあります。文明レベルで言えば、イネ様の武装にも引けを取らない威力を発揮しますので」
あぁうん、大陸の夢魔は淫魔全般も全部内包しているからね、ハニートラップ仕掛ける前提でスーさん話してる。
「むー……そういうことなら」
リリアは純潔守りたい派だけど、そういう知識はちゃんと持ってるからね、スーさんの言葉に素直に首を縦に振ってくれた。
「でも、イネはどうなの?」
「イネちゃんはそっちを武器にしなくても荒事で解決できるし?」
「それに合わせてイネ様はイネ様にしか使えない切り札も持っていますから」
「それ、できる限り使いたくないんだけど?超広範囲で大地全部を掌握した上で武器に使うって勇者の力にだいぶ慣れたとは言っても消耗激しいし」
「ですから切り札なのでしょう?」
正論で返された……でも本当、それを使ったらある意味で負けだとイネちゃんは思ってるからなぁ、以前生理的に受け付けないレベルのクズ相手に使った時だって足元をビームプールにした程度だったのはそこが理由だし。
「それで、スーさんは今後の展開はどう考える?」
「こちらから能動的に動ける範囲は少ないですから、ロロさんとぬらぬらひょんにヒロさんを護送して貰った後はパタにて待機となるでしょう。その際に輸送線を構築しつつ、農作の許可を取り付けようと思っています」
「戦争に巻き込まれた場合はどうする?」
「市民の方々の避難と炊き出しは担当しますし、戦闘ができる方には防衛に参加して頂きます」
「想定外も想定しておかないとなぁ、とりあえず想定内であればイネちゃんは遊撃、想定外になったら防衛に合流……場合によっては撤退戦での切り込みだね」
「そこまで最悪の事態になると思われるので?」
「戦争中だからね、今この瞬間にでも真上に爆弾……では無いにしても広域破壊ができる何かが発生するくらいは想定したいかな。魔軍の情報が無いし、人類軍側だって大規模破壊兵器なり詠術なりを保有しているだろうからね」
「戦争って、嫌だね」
イネちゃんとスーさんの会話を聞いて、リリアが悲しそうに呟いた。
「まぁ本来なら政治手法の1つにしか過ぎないし、最終手段だからね。地球の歴史も含めて見てもそのハードルがかなり低い時期は存在しているし、文明レベルで言えばキハグレイスは今丁度そういう時期なんだと思う」
確信を持てないのは魔軍の情報があまりに手元になさすぎるからだけど、少なくとも30年前にはどちらが原因になったのかは断定できないにしても人類同士が戦争をしていたわけだからね、人類同士の戦争に嫌悪感を持っている人は増えてはいるだろうけれど、為政者からすれば一向に良くならない魔軍との戦況を解決するためなら手段を選ばないという人間が出てきても不思議ではないし、準男爵の存在を鑑みれば既に出ているとも言える。
「……うん、やっぱりこっちはイネとスーさんに任せるよ。私だとどうしても感情が出ちゃいそうになるし」
「それがいいよ。リリアの優しさって戦後にこそ必要とされるものだから」
ともあれ方針はある程度決まったね、状況も結構派手に動いてくれたというか、ドラクさんが保守気味なのに野心家な行動力を持っていてくれたおかげでだいぶ予定の針を進める……いや本来の形に戻すことができるようになったっていうのが正しいか。
「さてそれでは……」
おもむろに立ち上がたスーさんは部屋に貯蔵されている本を1冊本棚から抜き出して。
「ここの本を読まさせていただきましょう」
イネちゃんの徹夜2日目が決まった瞬間だった。
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