第23話 パタの風土史

「と、言う訳で今は盗賊ギルド側の依頼じゃなく、衛兵詰所の来賓室にあった蔵書に目を通してるわけ」

<<了解、書籍のデータはアングロサンのスキャン技術で本自体を読み取ればそれで認識できるらしいから、わざわざ動画とかに取らないでいいって……って月詠さんはなんで笑ってるんです?>>

「あー……街のチンピラからイネちゃんが逃げたりしたってのがツボに入ったんじゃないかな」

<<いやぁ、流石にそこは自重したのかって思ったらちょっと笑えてきちゃって>>

「流石に分別はありますからね?なんか打撃に強そうな体型をしていたし、盗賊ギルドの件がなくても刃傷沙汰とか普通に街にいるのも影響出ちゃいますから」

<<他の脳筋連中じゃ無理だってのは納得だわ。殴った後に考えればいいタイプが割と多いのだから考えられるイネちゃん向きなのも納得>>

「防疫関連がなければ月詠さんも向いていたんじゃ?」

<<その根本が私は弱いもの。私と狼についてる加護はヌーリエではなくぬりえのものだから>>

 正直、C系神話の影響を完全無効化できる加護なら大丈夫では?とは思うんだけどね、それでも念のためってことらしいけど……まぁ月詠さんの場合知識と知恵と分析能力によるバックアップが1番活躍できるポジションだっていうのは確かだからいいんだけど。

<<それじゃあイネの方は今のところこのまま進めておいてね。こっちは特に新しい情報はなかったから、イネの今日手に入れた情報をこっちで分析しておくよ>>

「うん、そっちも頑張ってね、アウト」

 通信を切って、アングロサンの手持ち型スキャナで本棚の書籍を全部ささっとスキャンしてから、イネちゃんも本を読み始める。

 どうやら今イネちゃんが滞在している街、パタはキハグレイスでもかなり古い歴史を持つ都市のようで、現在の社会的な構図ができるまでは人類文化の中心地で、森の民との交流も日常的に行われていたという記述が冒頭に書かれていて……神話の本にまで同じ内容が記載されていた。

「これは……神話の内容に事実が混ぜられているってことかな」

 それ自体は特に珍しい内容でもないけれど、それならそれで何故パタはキハグレイス文化における現代の主流から外れた田舎になってしまったのかが不思議になる。

「いや……別に神話に紐づいた場所が首都にならないってのは珍しいことでもないか、人の流れや物流でってのが一般的かな」

 風土史は地元の歴史を示すものではあるけれど歴史書ではないからね、イネちゃんはそのへんの専門家ではないから詳しくはわからないけれど、月詠さん……は神学と科学だから流石に期待しすぎか。

 元々は森の民と人類は同一……ではないにしろ、異種族、異民族同士折り合いをつけて手を取り合っていたというのは表現などは違うにしろ概ね似たようなことが書かれている。

 正直なところここまで同一だとパタという都市において新規で作られた創作なんじゃないかとも思ってしまうけれど、現状他に参照できる書籍が無いからとりあえずは疑わないことにしておこう、疑うのはベースキャンプ組に投げつつ、本を読み進める。

「風土史で確認する限りはこの地域で発生した大きな争いは……人類同士のものかぁ、中央政府が旧来の体制を維持していたこの街を異端扱いして戦乱に巻き込まれていて……4度撃退、そのタイミングで魔軍が南北の都市を攻撃したことで休戦し30年経った今でもその人と魔族の戦争が続いていると……ってことはこの本、最近の著作なのか」

 そして風土史が事実だと仮定するのなら30年前まで観光都市としてこの街はまともに機能していなくて、そのまま戦争が長引いているのだから当然ながら経済の視点から回復していないということでもある。

 やたら担当してくれたフロリアさんとイオカさん以外の衛兵の人たちがイネちゃんに親切だったのは観光客だったからということでもありそうだね、治安維持できていないからこそ、外から来た人間の印象は自分たちの手で問題を解決したいということなのだろう。

 人同士の戦争を知らない世代にしてみても、地理的に辺境に該当するパタに来るには野盗や魔軍、野生動物が頻繁に出現する街道を使わないといけないし、比較的安全なルートはパタを異端と扱っていた勢力の都市ばかりで、戦乱を避けるために疎開する人たちでも30年前まで発生していた戦争の記憶から避けてしまうだろう。

「うーん、パタはむしろ自己完結の方に舵を切りつつあるわけだ、だから神域の森側に一次産業が集中してたんだなぁ」

 風土史の本をあらかた読み終わる直前にドアがノックされる。

「はい、どうぞー」

「頼まれた地図を持ってきましたよ……ってその本、もう読み終わるんですか!?」

「結構波乱万丈で楽しかったですから……あぁいやこの街で生まれ育った人にしてみればたまったものじゃない歴史なんでしょうけど」

「その内容を信じるんですか」

「信じるも何も、この街ではこれが標準なんじゃ?衛兵詰所で自分たちの主張を伝えるように来賓室に置かれていた本なわけですし」

「準男爵様はむしろ怒り狂いましたから……」

「でしょうねぇ、あ、地図ありがとうございます」

 地図を受け取ると、風土史に書かれていた地理関係が合っているのかを広げて見てみようと思ったのだけど……まぁうん、観光客が地図が欲しいって言えばそりゃ街の地図を持ってくるよね、別にいいけどさ、うん。

 仕方ないので今日半日で回った観光地のメモを取り出して改めて地理関係を見直すことにする。

「準男爵様のことを知っておいでなので?」

「あぁいえ、フロリアさんから色々聞いたものですから。聞いて思い浮かべる人物像とこの風土史からすればまぁ、大体想像が」

「なる程……」

「でも郷土史じゃなく風土史が置かれているのはなんでですかね、街の印象を回復ないし上げたいのなら歴史に魅力がありますよーってアピールするものだと思うのですが」

「パタが古い神話を信じている人間が多いからですよ。森の民とは本来もっと友好を結ぶべきと考える人間が多いんです。準男爵は先の戦争のことも槍玉に挙げて無理やり接収していきましたから……」

 そういえば異端扱いして戦争とかあったな。

「となると中央はやっぱ……」

「はい、聖地は神域の森ではなく、キハグレイス大聖堂だと主張しています。正直彼らの主張を記した著書は矛盾だらけですよ」

 なる程、中立者がいなくて碌な調査や研究が行われることもなく開戦したわけか。

「個人的にはそっちも読んでみたいかなぁ。そういう政治的なところとは無関係な場所出身だったからむしろ興味が」

「知って、どうするんだい?」

「読み比べるかなぁ、この手の政治的な主張って比べてみた上で第三者の資料を最後に読んで見ないと真実って見えてこないものだし。30年前の戦争の件で第三者ってなると森の民か魔軍のものになっちゃうかもだけど……ってどうしたんです、そんな大口開けて固まっちゃって」

「いや……今までそんなことを言う人はいなかったから」

「完全無関係な人間で知識欲が豊富な人ならこんなもんだと思いますよ。どちらも知らないから中立にものを見ることができるってこと、あるでしょう?」

「それはそうですけど……」

「それに本当の原因が何なのか、わからない方が気持ち悪いし」

「その結果、戦争になったとしてもかい」

「んー……それでも知識はただの情報に過ぎないから。処理する人次第でどんな形にも変わるものでしょう?だってこんな異邦人な田舎娘が何喚こうが戦争を望む人は何かしら理由をつけて始めるだろうし、今のキハグレイスには人間同士の戦争をするだけの余力なんて無いと思いますよ」

 まぁ共通の敵となっている魔軍との戦争が終わった後に流れに任せて始めるかもしれないし、イネちゃんがまとめた情報がそのきっかけになる可能性は否定できないけれど……30年も戦い続けて疲弊していないわけがないし、人類軍に名を連ねているものの殆ど独立勢力みたいな感じに観光業を日常と変わらないレベルで動かしているパタ……しかも基本物資は自前調達可能となればよほどじゃない限りはそうすぐに休戦撤廃なんて事案は無いとは思うよね。

 最も、キハグレイスの指導者がよほどの暗愚で国民の命を無視して気に食わない奴全員ジェノサイドとかいう性格ならわからないけど。

「そう思う理由は?」

「30年前の時点でパタの全勝、相手はそこからずっと魔軍と戦い続けていてパタは地盤固めが強固になっている、兵器レベルは人類軍の括りから同一と見なせば、よほどの暗愚か戦闘狂じゃない限り戦わないと思いますよ?人材を失っているのは双方同じですしね」

「……そうか、いろんなところをよく見ているね」

「興味があると調べちゃうもので……このご時世だと損な性格だと自覚はしてるんですけどね」

 イオカさんの眼差しがもうスパイじゃないかって疑いをかける目になっているっていうね、うん、イネちゃん自分でもそんなこと考える観光客とかいないとか気づいたよ。

 ただまぁ本当にスパイならそんなことペラペラ喋るわけないってのも確かだろうし、多少疑われる程度ならまだセーフ……だよね?

「まぁ、いいです。貴重な意見としてフロリア先輩には伝えますが……構いませんよね」

「え、あぁ、はい」

「それでは……おやすみなさい」

 明らかに言葉のトーンが下がったイオカさんのおやすみなさいを見送ったイネちゃんは、今日は眠らない方が無難かなと思いながら、書籍を読みあさる作業に戻るのであった。

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