第22話 衛兵詰所での一泊

「あの道は確かに観光地を巡るには最短距離だけど、身の安全を考えるのなら大通りを使った方がいいですよ」

「あ、はい、お手数をおかけしました」

「もう時間も時間だから、今日はここで泊まっていきなさい。ちょいとむさくるしい場所ではあるけど、来客用の施設、使ってもらって構わないから」

 保護されてしまったイネちゃんは、親切そうな女性衛兵さんに色々と注意を受けていた。

「えっと、場所とかは……」

「もうそろそろ夜勤連中が来ますので、そいつらに引き継ぎます。安心していいですよ、夜勤の連中は志願制で正義感の強いのばかりなので、保護した子を襲ったり、持ち物を漁ったりするような不心得者はいませんから……でも何かあったら明日、私に言ってくださいね?私の名前はフロリア、これでも教練隊長をしていますので、頼ってくださいね」

「ありがとうございます……でも大丈夫なんですか。街の治安が悪いってことは人手が足りていないんじゃないです?」

「この間準男爵様が卒学様の兵を半分接収して行っちゃったからね……その準男爵様が戦死してしまって、軍も散り散り。街にまっすぐ帰ってきた連中は接収された内の半数程度だったから再編中なの」

「……聞いておいてなんですが、それは言ってしまっても?」

「大丈夫大丈夫、卒学様は爵位は低いけど血筋は上だし、最初に愚痴ったのは卒学様で更に準男爵様は死んじゃったでしょう?死人を悪く言うのも罰当たりなのかもしれないけれど、控え目に言っても人気がないお方だったから」

 あの準男爵、ヒロ君PTには信用されてたみたいだけど他の貴族とかからだと人望なんて無いってもんじゃなかったんだな……。

 とは言え軍自体はそんなに被害がなかったはずなのに半数しか戻っていないって、捕虜の中にこの街出身者が居て準男爵の領地じゃないってことで選ばれたんだけど、あれだけの大軍だったんだから影響があって当然だったか。

「そうだとしても、大変じゃないんですか。街の治安維持に影響が出ちゃうくらいの軍を動かせる方が亡くなったんですから」

「そうですねぇ、全くないということはありませんが、準男爵様はそもそも前線に出られない内政でしたし、亡くなったその日には代わりに優秀な方がその席に座ったらしいことは風の噂で聞こえてきていますし、人類軍全体で言えば森に入り未だ帰って来ない兵の損失の方が大きいくらいです」

 なんで爵位を持っていたのかってくらいの言われようだ……余裕があればあの準男爵がどういう人物だったのかってのを調べてみるのもいいかもなぁ、なんか凄く知識欲を駆り立てられてしまった。

 ただ気になるのは亡くなったその日にってところだよね……もしかしたら人類軍の上層部に準男爵の暴走を助長した人間がいるのかもしれない。

「フロリア先輩」

「イオカ、遅いわよ」

「すみません、それでその子は?」

「ミラン一味に追いかけられていたところを保護したの、それで今日は詰所に泊まってもらおうと思ってね」

「あぁあいつらですか……でもなんかいつもと違ってしっかりしてますね?」

「このご時世に観光するくらいだから肝は座ってるんだと思うわよ、ミラン一味の部下を数人返り討ちにするくらいには自衛できるみたいだから」

「一般人……というには強いですね」

「でも観光客。保護した以上はこの街を愛する衛兵としておもてなしはしないとね」

「そうですね、しかしミランに目をつけられるとか運がないですね」

「珍しいんです?」

「ここ数日は大人しかったですから。悔しいですが盗賊ギルドが治安維持に協力を申し出たことであの手の輩は前よりおとなしくなったくらいですし」

 となると盗賊ギルド側からの刺客みたいな立場だった可能性もゼロではないのか。

 万が一関係性を疑われるようなことがあれば監視していた人からすれば始末される可能性すらあったわけで……全力逃走して衛兵詰所に誘導するのも当然と言えば当然なのか、情勢として盗賊ギルドはこの街にとっては半分は公的ギルドに近い立ち位置を獲得しているわけなんだし、試験依頼中の人間にバレる程度の実力しかないと判断されかねなかったんだから。

「あ、私の名前はイオカ。お嬢さんの名前はなんていうんだい?」

「イネ。とりあえずやり取りは全部聞こえていたのではい、大丈夫ですよイオカさん」

 あ、ちなみに握手はしてないよ。

 キハグレイスでは握手文化は無いようだからね、そちらに合わせて握手どころか会釈すら無い不思議な自己紹介をこなしているわけだけど、相手への敬意とかはどうやるのかちょっと気になるけれど、ないならないで楽ができるしそれはそれで構わないよね。

「ではイネさん、来賓室まで案内しますよ」

「来賓室?」

「少ない人手でも警備がしやすいとなると、来賓室しかないんですよ」

 うーん、別に警備はいらないんだけどなぁ……でも来賓室ってことは本とか色々ありそうだし、情報を集めるっていう本来の目的には合致しているしこれは渡りに船というか……あぁ棚からぼた餅だ。

「でもいいんですか?」

「いいんですよ、お嬢さんの安全が第一です」

「自分で言うのもなんですが、どこのでともわからない観光客が来賓ってのも違和感が凄いんですけど」

 一応はこう謙虚なことを言っておくだけで多少の警戒は解れるからね、だからと言って完全に解除なんてことはありえないから本当にやれることはやっておくって程度だけどね。

「この街の領主である学卒様は気になさらないと思います。それに……この時間から宿を取るとなると歓楽街の休憩宿くらいしか取れませんから」

「あー……なる程、観光客の女性で、そういう職業に見えないからこっちにってことですね」

「そういうことです。ですのでお気になさらないいでください」

「そういうことでしたら。そのような事情で勧めてきたのであればこちらが泊まらない選択をしては衛兵の方々に迷惑になるでしょうからね」

「ありがとうございます」

「それじゃあイオカ、今晩の駐屯警護の任を与えます。本来のシフトからずれる形ですけど、他の連中には私から直接伝えておくからまずは案内をすること」

「はい!フロリアせ……教導官殿!」

 今言い直したなぁ、それにしてもこの世界は男尊女卑的な階級とかが根強いって事前情報があったのにも関わらず、女性のフロリアさんの方が上官で、男性のイオカさんの方が部下っていう事前情報を裏切る現実が目の前に出されるとやりにくい感情が沸いてきてしまう……いやまぁやるけど。

 とりあえず今は案内されるがまま来賓室まで行って、1度ベースキャンプ側にも連絡を入れないといけないし、もし書籍があるような部屋であるのならイオカさんに読んでいいか聞いてから読みふけるのも有りだしね。

 それにそのくらいならフロリアさんにもイオカさんにも迷惑にはならないだろうから、今晩くらいは大人しくって選択肢ができるのは悪いことではない。

「この部屋です」

 そうしてイオカさんに案内された部屋は、多少小奇麗と言った感じのこじんまりとした部屋で本棚はあるものの泊付と思われるトロフィーや盾が置かれていたりして、書籍は数える程度にしかなく、背表紙から伺える内容はぱっと見ではちょっと判断が難しいところがある。

「結構小さいですけど、元々は衛兵の隊長さんの部屋だったりします?」

「いいえ、客間としても使うことはありますが来賓の宿泊が主として作られた場所だと聞いていますよ。元々が比較的平穏な辺境ということもありまして……」

「あぁ……どこも似たようなものってことですね。まぁ地図持ってなくて適当に旅を続けていたから認識が特殊かもですけど」

 という設定。

 よもや異世界からきましたなんて言えないしね。

「地図を持っていないって……よく今まで無事でしたね」

「案外なんとかなるものですよ」

「なる程、ミランにひっついている連中では手も足も出ないというのは納得できますね」

 旅歩きは安全ではない、っていうのは戦争中という情報からして想定していたけど衛兵が口にしちゃうくらいか。

「それとここにある本は読んでも?」

「構いませんが……風土史や神話の類しかありませんよ?」

「それがいいんですよ、旅の目的も土地土地の物語を知りたいって考えたから始めたので」

 設定のようであって設定じゃない言い訳である。

 ヌーリエ教会から依頼された調査にはそう言った風土史も含まれてるから嘘じゃないからね、まぁ全部読み込もうとなるとかなりの時間が必要になっちゃうから読みつつ動画と静止画両方で記録してベースキャンプに送信するんだけどさ。

「そういうものですか……」

「旅の目的では割とオーソドックスだと思いますよ、知識欲が先に出るのが顕著なわけですし……あ、それと地図ってありますかね、触ってなかった分野ですけどちょっと興味が沸いてきたので」

「地図ですか……いえ、そうですね、こちらが地図のことを言い始めたわけですし、ただすぐに用意できるものではありませんから、明日でも?」

「はい大丈夫です。むしろ用意してくださるんですからそれ以上求めたらだめでしょう」

「欲がないですね……」

「むしろ欲しかないんですよ、あれもこれも知りたい。だけど面倒事は避けたいって結構大変ですけどね」

 キハグレイスの文化レベルは概ね地球で言うところの古代から中世のヨーロッパをごちゃまぜにした感じだからね、知りたがりは早死するって例文からもれないだろうと思うからそう言った感じに自傷気味に笑う。

「そういう方は学卒様に好かれますので、少なくともこの街、パタは古都であり観光が主産業ですから。キハグレイス最古……ではないですが学舎もありますからね」

「へぇ、学舎があるということは多くの知識層も?」

「残念ながらパタでは歴史による権威が基本ですね。今ではそれも王都キハグレイスの学舎の方が上ですから」

 寂れた田舎町……しかも大昔は首都と名乗ってもおかしくない賑わいがあったってことかな。

「それでは私は業務に……」

「あ、ずっと引き止めちゃってごめんなさい」

「いえ、それでは井戸の場所に関しては必要な時に聞いてくだされば構いませんし、お食事に出かけるのであれば私に声をかけて頂ければと思います」

「ありがとうございます」

 イネちゃんのお礼を聞いたイオカさんは優しい笑顔で部屋から出ていった。

 ……さて、イネちゃんはここからが本番だな。

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