第21話 探偵の真似事

 盗賊ギルドを出たその足で、イネちゃんは今森の民の住んでいる地域から1番近い大きめの街を統治している貴族の屋敷の近くにある階段に腰掛けて状況を確認していた。

「屋敷は4階建て、人の出入りはそこそこ、建物の材質は基礎は石材、上に乗ってる家屋部分は木材石材半々くらい、水回りが今イネちゃんがいる場所の目の前辺りで……絶賛晩ご飯作ってるってところか」

 勇者の力による感知で木材部分はわからないにしても、石材部分の構造は概ね把握できてはいるものの……残念なことに生活する場所は基本的に木材で作られているようで屋敷内部のMAPを作ろうにも情報が足りないと言った状態。

 定石で言えば使用人として潜入だとか、協力者を金で買ってとか色々あるのだろうけれど、残念ながら異邦人なイネちゃんにはどちらも警戒心の方を先に強く与えてしまうのでよほど貴族の趣味が開明的というか特殊でない限りはこちらの思惑どおりにことは進まないことだろう。

 盗賊ギルドで情報を買っておけば領主の性癖とかまで判明していたのだろうけれど、情報収集としてまで金を使うとそれこそカモ認定されても仕方ないし、異邦人でただでさえ目立つイネちゃんの白い銀髪なものだから一般人に対して情報収集をするとなるとキハグレイスの標準的な髪の色が金髪、黒、栗毛ということもあり目立って仕方ない以上覚えられて足がつくどころの騒ぎじゃないからね、今だってお弁当を食べながらじゃなきゃ衛兵呼ばれてもおかしくないなってくらいチラチラ見られてるわけだからね……真っ先に声をかけてきた相手は衛兵だったし。

 疑われる前提でこの街の観光名所に該当するところだけ厳選して完全な観光客と思われる手記を書いておいたので変わった異邦人の観光客がいるという認識はすり込んでしまいはしたものの、こちらとしても真っ先に疑われる前提で動くものだからそこはまぁ問題にはならないはず。

「さて、どうしようかね」

 盗賊ギルド側では失敗することも想定してるだろうし、取り込むことができないにしても金を外から引っ張ってこれる太客にしたほうが奴隷に落とすより利益になると思わせられるからどちらに転んでも大丈夫ではあるんだけど……いちいち勇者の力で金を生成するのも面倒だから可能な限り成功させたい。

「業者として潜りこむにしても食品関連のところに潜りこみつつ信頼を得て領主のお屋敷への配達を任されるようになるまでは半月以上かかるのは確定しちゃうから、自力で全部こなす必要があるもの辛いところだね」

 まぁ全ルートハードモードな以上は1番手っ取り早いけれどリスクを低減できる手段を狙うのが1番だってことで、幸いながら外から見る分には観光名所扱いされてた領主の館を眺めてはいるわけなのだ。

 流石に衛兵詰所とそこに付随している人類軍の施設付近は観光地も無くって今日は近寄れなかったけれど、その手の書類が目の前の屋敷に少なからずあるだろうことから入手さえできればかなり楽になるのだけれど……その入手手段が強引な手以外ほぼほぼ思いつかないのは単純にイネちゃんの経験不足か。

 気配を消しての隠密行動に関してはムツキお父さんに叩き込まれたから技術はあるのだけれど、正直なところイネちゃんのそれはムツキお父さんどころかジャクリーンさんにすら及ばない付け焼刃程度のものである以上事前準備は念入りにしておきたい。

「とりあえず宿でも取るかな。セキュリティに関してはどの宿も期待はできないだろうけど」

 まぁ深夜はイネちゃん出かけるし、地球から持ち込んだビニール製ダッチワイフを寝かせてお財布に見立てた金粒の袋を少し隠す形で置いておけば寝込みを狙う手合いには十分なのである程度の対処になるのであまり気にしてはいないけど、戦争中の魔軍とは森と山脈を挟む形で存在していて、両軍の主戦場となっている迂回路からも遠い立地なためか観光客もそこそこいるからね、早めにとっておかないとセキュリティがマイナスな宿しかなくなってしまうかもしれないし。

 期待してはいないけれど、最低限存在してなきゃアリバイ作りも難しくなるから最低限よりちょっと上くらいのセキュリティ保証している宿が理想なんだよね。

 水筒の水でお米を流し込んで立ち上がり、観光地を回っていた時に目をつけておいた屋敷からの距離もほどほどな宿へと歩を進めた。

 ご飯を食べていた場所と屋敷の位置関係から反対方向に進む形なので衛兵に呼び止められることはないし、呼び止められたとしても見た目判断の忠告に近いものが基本になるだろうから宿のある繁華街へと歩く速度をあげる。

 目当ての場所は歓楽街の近く……ちなみに盗賊ギルドは娼館の近くではなく商館の近く……つまるところこの街の経済の構造的に盗賊ギルドは半分は公的な組織として成り立っているってことだろうね。

 ……あぁ、となると今回のこれももしかしたら貴族側にも伝達されてる可能性はあるのか、無効半月の間に賊が入るぞって。

 ともあれ今日は情報収集と現状調査に留めるべきかなぁ、情報と準備が整わないのはあっちも同じって感じに勢い任せで突撃しても最悪自重しない手段で戻ることもできるからありではあるけど……。

「どのみちバックアップ体制整えてからの方が保険の意味でもいいか……」

 そもそも街についてからすぐに冒険者ギルドで基礎的な登録を済ませてその足で盗賊ギルド、そして観光調査していたから街の構造に関しても熟知しているとは言い難い以上は3日くらいは様子見と警戒が緩まるのを待つことにしよう。

『方針が決まったのはいいけど、ちゃんと気づいてるよね?』

「盗賊ギルドの監視でしょ?正直なところバレバレな監視とか絶対罠で、普通にあのシーカーって人が監視詠術とかそんなの使ってずっと見てるでしょ」

『それはそうだろうけれど、なんか気持ち悪いじゃない』

「そこはまぁ、こっちだってアングロサンの衛生で監視はしているわけだし?」

『アレを利用しようとするにしても、ちょっと気持ち悪いよ』

「イネちゃんだってそうだけど……こっちの手札が少ないから」

『わかった、でもいざとなったら一緒にやるからね』

「それは最初からそのつもり」

『それじゃあまず、目の前の小さな問題を解決しよっか』

 イーアの言葉が終わるか終わらないか、そんなタイミングで裏路地が縄張りなのだろうチンピラがナイフをチラつかせながら徒党を組んで現れた。

「よう、気持ちいいことしようぜぇ」

「なんというか……文化レベルなのか教育レベルなのか……街に入ってからこんな手合いばかりな気がする」

「おいシカトすんじゃねぇ」

 イネちゃんが呆れているとチンピラがこちらの肩に手を乗せて来たので、簡単に指のツボと関節を軽くひねってやるとチンピラは膝から崩れ落ち、別の手に持っていたナイフまで落として痛みに喘ぐ。

「テメェ!」

「はい、返すよ」

 路地を挟み込む形じゃなかったので、今痛みに悶えているチンピラを蹴り飛ばす形で奥にいたチンピラも巻き込む形に体勢を崩してから、回り込もうとしていた1人の進路を妨害する形に移動して、みぞおちに拳を添えて全身の動きに合わせて気を入れてやって発勁、これも吹き飛ばす。

「化物が!」

「失礼な、成人女性に向けて化物とかひっどいなぁ」

 イネちゃんの戦闘技術は対ゴブリン、人間よりも身体能力が高く、数も多い相手を想定して鍛えていただけであって、この程度なら地球で武術を本気で習得しようとしている人ならこなせる範囲でしかない。

 まぁ実際にイネちゃんの仇であるあのゴブリンは生体兵器だったから、武術どころか近代兵器でも相応の火力を要求されたから生身の戦闘技術は回避とダメージコントロール以外殆ど役に立たなかったわけだけど……人生何が起きるかわからないとはよく言ったものだよね、こうして今役に立ってるわけだから。

「メスガキが嘘を言っちゃァいけねぇなぁ」

「ミランさん!」

「情けねぇなぁ、俺の身長の半分くらいのガキにいいようにやられるなんてなぁ」

 なんか太いのが出てきた……しかも半分くらいとか言いながら身長は2mあるかないかだから、頭1つ分程度かもう少し大きいくらいの差でしかないというのに。

 とは言え太い上に足の運び方や身体の軸の動き方から、チンピラ連中がさん付けするだけの実力はあるのは事実っぽいし、体格が大きいというのは単純に質量が大きいってことだから警戒するには越したことはない……いやまぁイネちゃん、本気でやろうと思えば質量は足元の地面、惑星単位になれなくはないんだけどさ、そうでなくても25m級の巨大人型ロボットも出せるわけだからまず持って質量負けはまず無いんだけどね、うん。

「今謝るのなら俺専属の奉仕人形にしてやっても……」

「あ、そういうのいらないんで」

「んっふっふ、女は皆最初はそう言うんだ」

 あーそういう。

 盗賊ギルドもそういう事業はやってるだろうけれど、こういう奴は多分もぐり、きっともぐり、だからとりあえずサクッとやって盗賊ギルドにやらかしてたよって突き出してこよう。

 こういうのは衛兵につき出すより、裏社会の制裁をきっちり与えてやったほうがいいだろうしね。

「俺は優しいからなぁ、ほぅれ、そっちから攻撃させてやるぞ」

「なる程優しい。じゃあ……」

 イネちゃんは踵を返して、今日盗賊ギルドを出てからずっと監視していた気配の方へと全力疾走をした。

「……逃げたぞ!」

 まぁ逃げたって思われる分には別にいいけど、まずいなぁ、気配も結構早い。

 結局このあと、気配を追っていたら衛兵詰所まで走ることになり、明らかな異常を見た終業時刻ギリギリの衛兵さんたちにイネちゃんは保護され、チンピラ一味は牢屋にぶち込まれる結果になったのだった。

 盗賊ギルドも面倒事は勘弁だったらしい、当然だけど。

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