第20話 盗賊ギルド
先日の情報整理と方針会議の後、キハグレイスの世界へとようやく旅立ったイネちゃんではあったが……スーさんに勧められた場所がなんというか……。
「メスガキが何のようだ」
「盗賊ギルドはここって冒険者ギルドで聞いたんだけど」
「お上か?」
「いや、異邦人がそんな公的な奴を受けられると思う?」
「素性不明か、性欲処理の道具になりたきゃ進みな」
「あぁ、それは反撃して分からせてもいいんだよね」
「できるならやってみなメスガキ」
そう言ってスキンヘッドな強面の男は顎だけで扉を指し示した。
とまぁ、スーさんに勧められた組織ってのは冒険者ギルドと、情報収集という1点のみを見ればメリットとなる非認可である半非合法組織である盗賊ギルドを訪れたわけだけど……うん、中は古代から中世ファンタジーに出てくる退廃的な雰囲気を想像すれば概ね盗賊ギルド内の様子は問題ない感じである。
「おい、ここはガキの来る場所じゃねぇぞ」
「まぁそこは旅の異邦人が迷い込んだ感じにお願いするよ。とりあえず湯さましの水を頂戴」
「酒しか置いてねぇよ」
「これでも?」
金貨……ではなくちょっとした金粒を数個カウンターに置くとグラスを磨いていたマスター風の男は動きを止めて。
「……本物か?」
「今すぐ鑑定でもなんでもしてくれて構わないよ」
「ちょっと待ってろ」
マスターの態度で周囲のステレオタイプなゴロツキがこちらを見ながらアレコレ小さい超えで会話している気配がする……興味なさそうにしている連中に関しても代金をおいた直後のマスターの動きからこちらに意識を集中させているのが分かる。
今店内で見える範囲でおよそ7人程度、マスターと外にいる奴で9人、イネちゃんを含めれば10人ではあるけれど……どうにも勇者の力による感知ではマスターが向かったギルドの奥にもそれなりの人数が待機しているね。
とりあえずこういう裏社会な場所ではほぼほぼ共通しているルールとして、先に手を出した奴が悪い、但し周囲への被害がなく訴える奴がいない場合に限るというのは遺跡を襲撃してきた人類軍の捕縛した兵士からスーさんを含む夢魔の人たちが獲得した情報。
「いいだろう、水だ」
「疑って悪いけど、水以外に何も入っていないよね」
「あんたが出したのは水どころかここに置いてある1番高い酒が飲める額だった以上、そんなことをすれば俺の首が無くなる」
「独断なら、でしょ?」
「疑い深いな」
「異邦人が生き延びる術の1つだと思ってもらえると助かるよ」
「なる程な。だがそれならそもそも頼まない方がいいだろ」
「それを言われると弱いな……ところで登録はしてくれるかな」
「……だったらちょいと足りねぇな」
「冒険者登録の何倍?」
「話が早すぎるな」
「ここにたどり着いている時点で、情報以外を求めるなら登録以外ないと思わない?」
「他の仕事の依頼ってのもあるし、破滅願望持ちのアバズレが来ることだってある」
「なる程……なら明日、ってできたらいいけど今の状態だとそれも難しそうだし、これでどうかな」
今度は握りこぶしほどの金塊をカウンターの上にだす。
「相場以上の金額は受け付けない決まりだ」
最初に金を出した時にある程度あちらも覚悟とかをしているわけか。
「じゃあこいつは引っ込めるよ」
「あぁそうしろ……だがまだ帰るな、ここまで簡単に出す奴ならボスの方にも話を通すべきだからな」
「カモが来たと?」
「待っていれば分かる」
再びマスターが奥へと行くと、今度はゴロツキが2人程歩み寄ってきた。
「その金、俺たちにくれよ」
「対価は?」
「気持ちいい体験させてやるぜ?」
「いらない、戻って安酒でも飲んでれば?」
「まぁそう言わずによ」
そう言いながら話しているのとは別のゴロツキがイネちゃんの後ろに回って拘束しようとしているけれど……さて、こいつらはサクッとしちゃっていいのかどうか。
普段なら問題なさそうって思うところだけれど、今は人類軍とドンパチやった時のような思い切りを今発揮してしまうとキハグレイスでの行動に大きく制限が課せられてしまうから、最低でもあちらから手を出してくれないと……。
「今その子をてめぇらのいつもどおりにしたら、ボスにぶち殺されてるぞ」
後ろのゴロツキがイネちゃんのお尻に触る直前に、興味なさそうにお酒を舐めてた人が行動を制止した。
「それに、だ。その子は今お前らが粗相を働くのを待ってんだよ、ぶっ殺すためにな」
「は、このメスガキが?俺たちを?何の冗談だシーカー」
「今答えをテメェで言ってんだろうが、俺はシーカー。ボスがここで来客を見極めるためにここで好きに飲んでていいって命令受けてる理由をその足りないおつむで考えやがれ」
シーカー……探索か。
となるとイネちゃんがここに入ってきた時からアレコレ探りを入れてたってことでいいかな、どうやら通信関係の魔法やらなんやらは存在するらしいから信頼できる部下を監視役として配置させてるってことかな。
「それでも手を出してぇっていうなら、ボスの意向にも逆らうってことになるが構わねぇよな、下半身に脳がある連中なんざ生かしておいてもボスが不利になりかねないからな」
「だがメスガキだぜ?カモだぜ?」
「その子がカモに見えるのなら実力でもお前らは足でまといだ。そいつは魔軍幹部や人類軍将軍並かそれ以上の化物だからな」
一体どの程度見えているのだろうか……召喚勇者であるヒロ君はステータスが見えない、ないとまで断言していたわけだから、何かしらのスキルとかが存在したりするのだろうか。
「信じられねぇって言うならそれでもいい、勝手にしろ」
シーカーと名乗った男の今の言葉が1番効いたのか、ゴロツキたちが離れていった。
そして荒事にならないことを確認してからマスターが戻ってきて。
「今日明日登録というわけにはいかないが、こちらの提示するいくつかの仕事の1つを成功させれば、構わないとさ」
「試験ってことね。とりあえず殺しや略奪はやらない信条だからそれ以外があれば助かるよ」
「おいおい、そうなると今の情勢じゃ最高難易度しか残らねぇんじゃねぇか?」
「そう……だな、こいつしかない」
そう言って10枚くらいあった依頼書の殆どを引き上げて、1枚の依頼書を提示してきた。
あ、文字に関してはイネちゃんもある程度勉強はしたけれど、アングロサン側で網膜型翻訳ディスプレイを月詠さん主導で作ってくれたので読むことはできる。
固有名詞とかスラングは難しいものの、そこは異邦人という設定で大半は乗り切ることができるので必要以上に気にする必要がないのは精神的余裕に繋がる。
さて、問題の依頼書の内容はと言うと……。
「窃盗、いいね盗賊ギルドの看板に即してる」
「窃盗するのは人類軍の物流が分かる書類だぞ」
「全体を把握する必要があるのか、特定品目だけでいいのかの条件は?」
「最良は全体、最低でも食糧の動きが分かるものを持ってきてくれ」
「元本?複写は?」
「元本が理想だが、ボスもわざわざ軍相手に荒波を立てたくない時期だから複写でいいそうだ」
世界情勢的に人類内部の内輪もめは地下組織としても避けておきたいわけだ。
そうなると食糧の動きを知りたい理由は……軍が独占でもしているか、商売したいかかな、他にも理由はありそうだけどわざわざ知的好奇心のために踏み込む必要はないのでそれを聞くのはやめておく。
「期限」
「半月以内だ。しかし報酬は聞かないんだな」
「盗賊ギルドへの登録が報酬でしょ?幸い金銭面には余裕があるから気にしなくていいよ。了解」
そう答えつつ出発しようとしたところで、1番重要なことを聞き忘れていたことを思い出した。
「あぁ忘れるところだった」
「なんだ」
「人類軍全体なのか、この街だけか。どっち?」
「全体を調べられるもんなら調べてくれ」
「了解、この街だけにする」
ふぅ、なんとかなった。
見た目がイネちゃんのようなTHE女子供って感じでも言動としっかりと自信を出して、金払いも弁えてるように見せてあげれば裏社会ではなんとかなるってことだね。
盗賊ギルドから出て、裏路地の澱んだ空気の中を歩きながら盗賊ギルドで判明したキハグレイスの情報を一応まとめておく。
裏社会の場末、つまり末端窓口でも筆記具は使われているが、その基本は羊皮紙と木簡に木炭を水で溶かした墨を利用しているってことだね、ここで使われるってことは社会的底辺層でも文字を読むことはできるって証明でもある。
ただ文字を書く事ができるかどうかで言えば、手続きの時に記入作業が皆無だったことを考えれば書ける人間は少なくとも知識層に限定されるんだろうね。
識字率に関しては情報が限定的すぎて確定ではないけれど、少なくとも文書や証書と言った文化は存在しているということを実物で確認できたことは大変大きいんだよね、今までこっちが持ってた情報は捕虜の人とヒロ君PTの頭の中程度だから。
ちなみにヒロ君PTではヒロ君とヒーラーちゃんは読み書き可能で、剣士と弓使いは読み書きができないとのことだったわけなので、情報をまとめてみると識字率はおそらくだけどそんなに高くはないって見積もりだからね、冒険者の半分が読み書きに支障があるってことは教育レベルも高いものではないだろうことが想像できるわけだし。
調査のために渡されたアングロサンの技術で作られた網膜モニタにひもづけられたウェアラブル端末に所感とかを入力しながら盗賊ギルドに出された仕事に向かうのであった。
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