第14話
放課後、部室棟へと続くポプラ並木の途中で、私は彼を呼び止めた。
「サヤマミユキなんて人、本当はどこにもいない。そうでしょう?」
振り返った幸也君は、
黙ったまま、彼は私を手で
山崎さんが考えた通り、と幸也君は隣に座って切り出した。
「サヤマミユキは、僕と雅美が作った架空の人物だよ。今回の事件の罪をすべて
「二十二点……。やっぱり」
本当のスケープゴートは、私じゃなくてサヤマミユキだった。
「依頼者との契約で、この学園から犯罪者を出さない約束になっていたんだ」
目の前に広がる大きな池の、その深みの底を見つめるようにして、幸也君は告白を続けた。
「用務員さんの手で二十一点の絵が盗まれたことが分かったとき、僕と雅美は考えた。本当に
「『NEXT』と書いた、サヤマミユキの犯行予告カード」
「そう。それを東校舎の、踊り場の絵の横にしばらく貼って、その後、その絵をこっそり持ち出して隠した」
「それが二十二点目。用務員さんの二十一点を含めて、盗んだのはすべてサヤマミユキだと、あなたたち二人は全校生徒に信じさせようとした」
当たり、と幸也君は不敵な笑みを浮かべた。
「何度か、同じことを繰り返そうと考えていたんだ。用務員さんからの、何らかのリアクションを期待してもいた。妙な運びになって、本当の犯人である彼も驚いたらしいよ。それでも絵を隠したまま沈黙を続けていたのは、もう、どうすればいいか分からなくて、怖かったからだってさ。雅美にそう打ち明けたらしい」
「雅美さんは、何もかも承知で、エージェントという正体を隠して、生徒会副会長の立場にいたんだね」
「そう。図太い神経だろう?」
「私の鞄にカードを入れたのは」
「それは僕だ」
幸也君は、座ったまま、心持ち私の方に向き直った。
「そこもやっぱり、山崎さんが考えた通りだよ。昨日の朝、ぶつかったとき、拾い上げた君の鞄にカードを忍ばせた。明智に睨まれて、身動きの取りづらい状況がしばらく続いてたから、より怪しい人物をでっち上げておこうとしたんだ」
私は絶句した。悪びれもせずに、幸也君は続ける。
「でも本当、棚ボタっていうか何ていうか。居合わせた用務員さんが、山崎さんに、炭の付いたガーゼを握らせるなんてね。ありがたかった。利用できるアイテムが手に入ったお陰で、昨日一日で、一挙に事件を収束させられた」
「……私のことを利用するつもりだったのって、いつから?」
「いつからも何も、昨日の朝だよ。ぶつかった瞬間、よし今だ、と思い切って」
「嘘! だって、サヤマミユキと私の名前が」
「アナグラムの件は、それこそ偶然だよ。サヤマミユキという名前は、ユキヤとマサミっていう、僕たち二人の名前の組み合わせで作ったんだから」
そこまでの偶然なんて本当にありえる?
実を言うと私は、昨日の晩から、ある考えに思い至って一人で悩んでいた。それは、私の転入自体がシナリオに含まれていたんじゃないかということだった。エージェント海藤兄妹のバックにいると
考えるほどに怖くなってしまう。転入のきっかけ、製薬会社に勤めているお父さんの栄転は、あまりにも突然のことだった。大安堂家は創薬業界にも強い地盤を持っていたはず。私は想像する。段取りを済ませたその人物が、海藤兄妹に連絡を入れる様子を。利用できそうな者を送っておいたから、必要があれば使うように、と言って。
「巻き込んじゃって、本当にごめんね。今度、雅美と一緒に、改めてお
幸也君に促されるまま、私はベンチから立ち上がった。ポプラ並木を部室棟の方へと向かう。
怖いような腹立たしいような、胸にくすぶる複雑な気持ちは、学園一の美青年にエスコートされるうちに、次第に和らいでいった。
やがて見えてきたその建物は、
たしか、一階の東の端が美術部の部室になっているはず。そちらに目をやると、きれいな長い髪の生徒が、熱心に絵筆を動かしているのが見えた。小峰さんだった。彼女は、私と幸也君が並んでいるのに気付くと、少し驚いた様子で、けれどすぐに微笑んで、そっと手を振ってくれた。私も、彼女に手を振った。小峰さんの絵が戻って本当に良かった。そう心から思った。我ながら単純。こんな私でも誰かの役に立てたなら、まあ、いいか。
「この前の朝の続きだけど、山崎さん、吹奏楽部に興味はないかな」
「あります」
即答。しかもなぜか敬語。自分でもよく分からなかった。私の返事に、幸也君もすごく嬉しそうに笑ってくれた。
「良かった。これから一緒にがんばろう。部室は二階の東の端だよ」
「あ、それじゃあ美術部の真上……、え?」
幸也君が指し示す先、吹奏楽部の部室の窓辺に、その人物は立っていた。腕組みをして、つんと
「あれ、……え? 彼女、美術部のはずじゃ」
「ああ、吹奏楽部も掛け持ちしてるんだ。聞いてなかった?」
そういえば、と私は思い出す。明智がそんなこと言ってたような。
幸也君と並んで立つ私を強く睨みつけて、大安堂生徒会長が叫んだ。
「何のつもりかしら、このグズ! さっさと幸也から離れなさい!」
何てことだろう。青ざめた私は、昨日から何度も繰り返したその言葉を、もう一度心の中で呟いた。本当に、何てことだろう。私が経験したこの二日間の出来事は、これから始まる波乱の学園生活の、単なる前奏曲に過ぎなかったのかもしれない。
その場に崩れそうな私の気も知らずに、春の夕暮れの心地良い風が吹き過ぎた。 了
『サヤマミユキ』と消えた油絵 夕辺歩 @ayumu_yube
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