第14話

 放課後、部室棟へと続くポプラ並木の途中で、私は彼を呼び止めた。


「サヤマミユキなんて人、本当はどこにもいない。そうでしょう?」


 振り返った幸也君は、悪戯いたずらでもバレたような苦笑いを見せた。

 黙ったまま、彼は私を手でうながして、空いていたベンチに腰掛けさせた。揺れる水面みなもに、夕暮れの空と校舎の影が映り込んでいた。

 山崎さんが考えた通り、と幸也君は隣に座って切り出した。


「サヤマミユキは、僕と雅美が作った架空の人物だよ。今回の事件の罪をすべてかぶって、サヤマミユキは姿を消すことになってる。学園の皆は、きっとこう思う。お騒がせな怪盗サヤマミユキは、油絵ばかり二十二点も盗んだけれど、どうしてか、それらをあっさり返していなくなった、ってね」

「二十二点……。やっぱり」


 本当のスケープゴートは、私じゃなくてサヤマミユキだった。


「依頼者との契約で、この学園から犯罪者を出さない約束になっていたんだ」


 目の前に広がる大きな池の、その深みの底を見つめるようにして、幸也君は告白を続けた。


「用務員さんの手で二十一点の絵が盗まれたことが分かったとき、僕と雅美は考えた。本当に波風なみかぜ立てずにこの一件を済ませようと思ったら、彼の罪を代わりに被る誰かがいた方が良いってね。そこで、僕たちはあるカードを作った」

「『NEXT』と書いた、サヤマミユキの犯行予告カード」

「そう。それを東校舎の、踊り場の絵の横にしばらく貼って、その後、その絵をこっそり持ち出して隠した」

「それが二十二点目。用務員さんの二十一点を含めて、盗んだのはすべてサヤマミユキだと、あなたたち二人は全校生徒に信じさせようとした」


 当たり、と幸也君は不敵な笑みを浮かべた。


「何度か、同じことを繰り返そうと考えていたんだ。用務員さんからの、何らかのリアクションを期待してもいた。妙な運びになって、本当の犯人である彼も驚いたらしいよ。それでも絵を隠したまま沈黙を続けていたのは、もう、どうすればいいか分からなくて、怖かったからだってさ。雅美にそう打ち明けたらしい」

「雅美さんは、何もかも承知で、エージェントという正体を隠して、生徒会副会長の立場にいたんだね」

「そう。図太い神経だろう?」

「私の鞄にカードを入れたのは」

「それは僕だ」


 幸也君は、座ったまま、心持ち私の方に向き直った。


「そこもやっぱり、山崎さんが考えた通りだよ。昨日の朝、ぶつかったとき、拾い上げた君の鞄にカードを忍ばせた。明智に睨まれて、身動きの取りづらい状況がしばらく続いてたから、より怪しい人物をでっち上げておこうとしたんだ」


 私は絶句した。悪びれもせずに、幸也君は続ける。


「でも本当、棚ボタっていうか何ていうか。居合わせた用務員さんが、山崎さんに、炭の付いたガーゼを握らせるなんてね。ありがたかった。利用できるアイテムが手に入ったお陰で、昨日一日で、一挙に事件を収束させられた」

「……私のことを利用するつもりだったのって、いつから?」

「いつからも何も、昨日の朝だよ。ぶつかった瞬間、よし今だ、と思い切って」

「嘘! だって、サヤマミユキと私の名前が」

「アナグラムの件は、それこそ偶然だよ。サヤマミユキという名前は、ユキヤとマサミっていう、僕たち二人の名前の組み合わせで作ったんだから」


 そこまでの偶然なんて本当にありえる? 

 実を言うと私は、昨日の晩から、ある考えに思い至って一人で悩んでいた。それは、ということだった。エージェント海藤兄妹のバックにいるとおぼしい、大安堂家と浅からぬ縁を持つ人物が、予防的に打った手の一つだったりはしなかっただろうか。

 考えるほどに怖くなってしまう。転入のきっかけ、製薬会社に勤めているお父さんの栄転は、あまりにも突然のことだった。大安堂家は創薬業界にも強い地盤を持っていたはず。私は想像する。段取りを済ませたその人物が、海藤兄妹に連絡を入れる様子を。利用できそうな者を送っておいたから、必要があれば使うように、と言って。


「巻き込んじゃって、本当にごめんね。今度、雅美と一緒に、改めておびをするよ」


 幸也君に促されるまま、私はベンチから立ち上がった。ポプラ並木を部室棟の方へと向かう。

 怖いような腹立たしいような、胸にくすぶる複雑な気持ちは、学園一の美青年にエスコートされるうちに、次第に和らいでいった。

 恣意的しいてきな会社員の異動や生徒の転入があったなんて、ちょっと穿うがちすぎ。そうでしょう、と私は私に言い聞かせる。深く考えるのは止そう。そんな大それたことまで思い通りにできる人物や団体が、現実に世の中にいるかどうかなんて、正直言って知りたくないし。

 やがて見えてきたその建物は、おもむきのある木造建築だった。木々に囲まれるようにして立つ、歴史ある建造物。三ノ森学園文化部部室棟。

 たしか、一階の東の端が美術部の部室になっているはず。そちらに目をやると、きれいな長い髪の生徒が、熱心に絵筆を動かしているのが見えた。小峰さんだった。彼女は、私と幸也君が並んでいるのに気付くと、少し驚いた様子で、けれどすぐに微笑んで、そっと手を振ってくれた。私も、彼女に手を振った。小峰さんの絵が戻って本当に良かった。そう心から思った。我ながら単純。こんな私でも誰かの役に立てたなら、まあ、いいか。


「この前の朝の続きだけど、山崎さん、吹奏楽部に興味はないかな」

「あります」


 即答。しかもなぜか敬語。自分でもよく分からなかった。私の返事に、幸也君もすごく嬉しそうに笑ってくれた。


「良かった。これから一緒にがんばろう。部室は二階の東の端だよ」

「あ、それじゃあ美術部の真上……、え?」


 幸也君が指し示す先、吹奏楽部の部室の窓辺に、その人物は立っていた。腕組みをして、つんとあごをそらして、こちらを見下ろしていた。


「あれ、……え? 彼女、美術部のはずじゃ」

「ああ、吹奏楽部も掛け持ちしてるんだ。聞いてなかった?」


 そういえば、と私は思い出す。明智がそんなこと言ってたような。

 幸也君と並んで立つ私を強く睨みつけて、大安堂生徒会長が叫んだ。


「何のつもりかしら、このグズ! さっさと幸也から離れなさい!」


 何てことだろう。青ざめた私は、昨日から何度も繰り返したその言葉を、もう一度心の中で呟いた。本当に、何てことだろう。私が経験したこの二日間の出来事は、これから始まる波乱の学園生活の、単なる前奏曲に過ぎなかったのかもしれない。

 その場に崩れそうな私の気も知らずに、春の夕暮れの心地良い風が吹き過ぎた。   了

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『サヤマミユキ』と消えた油絵 夕辺歩 @ayumu_yube

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