第13話
海藤兄妹は私にたくさんのことを話して聞かせてくれたけれど、核心に当たる部分、サヤマミユキに関わる部分については、ずっとぼかしたままだった。結局、もう何も心配はいらないとだけ言って、彼らはそれぞれの部活に向かってしまった。
用務員さんがそうでないなら、サヤマミユキは、いったい誰なのだろう。何が目的で、これからどうするつもりでいるのだろう。
翌日、空はよく晴れて、清々しい四月の風に桜が舞っていた。
私はできるだけ身体を縮めて歩いた。肌寒さのせいばかりじゃない。自分の存在を周囲に知られたくないという思いが、歩く姿勢を猫背で不健康なものにしていた。止せばいいのに何本もバスを見逃して、可能な限り遅い便で登校していた。
登校二日目にして、早くも、学校行きたくないな、と私は思っていた。きっとそんなことはないのに、周りにいる三ノ森学園の生徒全員が、私を白い目で見ている気がした。
用務員さんという窃盗犯の存在を、少なくとも私は知っているし、海藤兄妹も当然知っている。もう生徒の絵が盗まれることはない、という。盗まれた絵も近日中にすべて戻される予定である、という。でもそれだけ。他はまだ何も解決していない。肝心の、私に対する疑いは晴れないままに残っている。この状況、いったいどうすればいいんだろう。
「サヤマミユキは、どこに行ったんだろう」
本当に気が重かった。足が重かった。保健室に直行しようかな、なんて真剣に考えた。保険医の三島先生は大学を出たばかりの若い女性で、明るくて素敵な先生らしい。優しく接してもらえるかもしれない。そんなことをつらつら考えていたら、
「あ、来た来た! 由美!」
大きな声で名前を呼ばれて、思わず背中がピンと伸びた。顔を上げると、そこは既に校舎の中。階段の踊り場から私を見下ろしていたのは、クラスメイトで新聞部の洋子だった。何だか様子がおかしかった。ひどく慌てているし、それより何より嬉しそうだ。
「早く教室に! 生徒会の明智さんが来てるの!」
「明智さんが?」
「すぐに来て! ほら早く早く!」
洋子は嬉々とした表情で、階段を駆け下りて来ると、私の手を強く握った。
「由美にかかってた疑い、全部晴れたって!」
「今朝早く、生徒会室の内線電話にサヤマミユキを名乗る男性から連絡があった。盗んだ絵をすべて返却したことと、面白半分に学園を騒がせたことを
いつもの銀縁眼鏡の
「生徒会が美術部の部室と東校舎を確認したところ、間違いなく、盗まれたと報告のあった絵画、すべてが元通りに返却されていた」
明智の言葉にクラスが沸いた。歓声と共に、数名の女子が小峰さんに駆け寄って、彼女を強く抱きしめた。もみくちゃにされる小峰さんの目には、嬉し涙だろう、光るものが見えた。
教壇の明智が、何度か咳払いをして騒ぎを鎮めた。
「本来、プリントの配布で報せて然るべきところ、生徒会から直接、私が報告に出向いた。この二年B組には、サヤマミユキである可能性を疑われた人物がいたからだ」
山崎由美、と明智が私の名前を呼んだ。
クラス全員が一斉にこちらを向いた。
私は内心ビクビクしながら、座ったまま、できるだけ
「サヤマミユキは、未使用のカードを処分する目的で、通学中の女子生徒の鞄にそれを忍ばせたことを証言した。昨日の朝の、バスの中だったということだ。……君にかけられていた疑いは晴れた」
再びクラスがどよめき、大きな拍手が沸き起こった。前の席の洋子が私の手を強く握った。彼女もまた、その大きな目に涙を
「良かった。ホントに良かった。ごめんね、少しでも疑ったりして。由美、転校してきたばっかりなのに、寂しい思いしたよね。辛かったよね」
「いいよ。もう大丈夫。ありがとう洋子」
本当に良かった。私は心からホッとした。
正当な行為だったとはいえ、と言いながら明智が教壇から降りた。
「取調べに当たっては、相当に不快な思いをしたことだろう。生徒会としてもまったく本意ではなかったが、謝罪しておく。本当に済まなかった」
軽く頭を下げてみせた明智は、何事もなかったかのように教室から出て行った。彼女が去ると、教室の中は輪をかけて騒がしくなった。
「正当な行為……?」
思わず呟いてしまった。よくもまあ言えたもんね、というのが正直な気持ちだ。私が受けた、あの思い出すのも恥ずかしい拷問行為の、いったいどの辺りに正当性があったって言うんだろう。
形ばかり謝って、それで終わりですかと、かえって腹立たしくなってしまった。もうあとほんの少しで、私の尊厳は破壊されていたというのに。危うく大事な何かを失くしてしまうところだったというのに。
まあそれはともかく――。
明智の話を聞いて、
怪盗サヤマミユキは何者なのか。
サヤマミユキの真の目的は、いったい何だったのか。
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