フタリ

 二人を香御堂こうみどうに降ろした廉然漣れんぜんれんはそのまま自分の住処へと戻って行った。

 トモカヅキはたった一晩で様々な出来事があり、なんだか長い夢を見ているような気がしてぼんやり香御堂こうみどうの店舗前で立ち尽くす。

 しかし、何時までやっているつもりだとみことに怒鳴られ慌てて香御堂こうみどうの小さな和室へと向かった。

 和室には香炉が一つ置かれており、みことは店から香木の角割を一つ持ってきて炭をおこし始める。

 窓から差し込む月明かりだけが部屋を照らし、少し薄暗い室内に入ってきたトモカヅキはみことに命令されるように襖を閉め香炉の前に座った。

 香炉の中の灰の中央部分に炭が埋められ、灰は山を作る様に盛り上げられる。

 炭を埋めた中央、灰山の頂上部分から炭の近くまで穴があけられた。

 まるで富士山を思わせる形の灰の火口部分には銀葉と呼ばれる雲母で出来た、四角い小さな板状の香道具が置かれる。

 穴を通って上がってきた炭の熱は銀葉によってはばまれる形で銀葉を温め、ころあいを見て銀葉の上に香木が置かれた。

 熱せられた香木はほんの少し甘さを感じさせながら気品のある清々しい香りを放ち始め、部屋中にその香りが行きわたった時、尊はトモカヅキに玉を手渡す。

 今にも消え去りそうな光を放つ玉を手に持ったトモカヅキに、槌を持たせ玉を叩き割る様に指示した。狼狽え迷っているトモカヅキにみことは言う。

「お前が壊すことで自身が知哉ともやに行った戒めから魂は解き放たれる。解き放たれた魂は肉体を求めて何もしなくても融合するだろうが、すでにトモカヅキと微妙な融合を果たしている肉体が受け入れるかどうかは分からん。最高級の伽羅きゃらを焚いてやったが、あとはお前と知哉ともや次第だな」

 トモカヅキは何度か深呼吸をしたのち、槌を持った手を振り上げて目いっぱいの力で玉を叩き割った。

 静けさの中に高く澄んだ繊細なガラス細工が砕け散るような音が響き、頼りなく虹色に輝いていた光がゆっくりと空中に揺らめいて、引き寄せられるように知哉ともやの体の臍の下あたりから中へ入り込んで行く。

 優しい光がお腹から全身にわたって行き、光りが行きわたれば今度は温かさが包み込んでトモカヅキは瞳を閉じた。


 あぁ、波の音だ。

 そうか、この波の音は僕がトモカヅキだから聞こえていた海からの呼び声だったのか。

 ことわりの中に戻れと海に戻れと言う呼び声。

 人の魂と心を喰らい、人を喰らって生きていく、そのことわりの中に戻れと言う命令の声。

 僕はそれを忘れたくて、僕自身を自分の意思で忘れたんだ。

 知哉ともやが帰ってきた今、僕は帰らなきゃいけない。ことわりに従って波の音のあの海へ。


「別にいいんじゃない。無理に帰らなくても」


 トモカヅキが自らに聞こえてくる波の音に顔をしかめ、全身で帰ることを嫌がっていれば、空間からあっけらかんとした声が聞こえ、トモカヅキは振り返る。

 そこには虹色から紅へと色を変え、形作られていく知哉ともやがいた。

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