弦は口と目、そして耳だけは塞ぐ事は無かったが、指一本動かす事の出来ない状況で、手に持っていたはずの玉はいつの間にかみことの手の中にある。

 じわりじわりと瑞葉みずはの胸の中にみことに対する圧倒的な恐怖心が湧き上がった。

 しかし、瑞葉みずはは懸命にその心に抗い、最後の虚勢を張る。

「神そのものだなんて、ありえない。そんな嘘を信じると思っているの? さかき家の連中はどれもこれも凡人の人間だったわ。その両親から生まれたのが神ですって? そんなこと……」

「ふむ、貴様は私を人間だと思っているんだな。人間から生まれたから人間と。まぁ、凡人はそう思っても仕方がないか。残念だったな、私は神仏降しと神仏殺しとして神仏に選ばれてしまった存在なんだよ」

「私が凡人ですって?! 偉そうに!」

「知っているか? 人間や眷属ではない動物は決して神仏の領域に立ち入ることはできないようになっている。例え眷属従えになっても人間という枠の中に居る限り無理だ。何故なら人のことわりの中にそのように仕組まれているからな。だが私はこちらの時間で5年間、神域に存在しつづけ、未だ神仏の領域と現世を行き来する事が出来る。その意味が分かるか?」

 左耳元でみことに問われ、視線をそちらに向けて考えた瑞葉みずはは「神憑かみがかりだからでしょ」という答えを出したが、みことは唇の端を目じりに向かって引き上げて首を横に振った。

「おしいな、半分は当たっているが違う」

「まさか死んでいるからとかじゃないでしょうね」

「折角おしいと言ってやったのに遠ざかったぞ、それは不正解だ。死しても消滅しない限り人間には人間としてのことわりが存在する、人以外の者に転生したとしても転生したモノのことわりが存在してしまう。ことわりのある限り神仏の領域に踏み込むことは出来ない。私は死して消滅した訳ではないのに自身の中に一切のことわりを持っていない、それは生まれた時からだ。神仏を降ろす、殺すということは人のことわりがあっては出来ない。だが神仏はどうしても現世うつつよに人の形、つまりは実体を成して自らが存在したかった。神仏は現世うつつよに実体として存在することはできない。故に新たな神を生んでも同じ事、人の身を持ちながらことわりを持たぬ物、ただの器を作らねばならない」

「器……。だから木偶でくと同じと?」

 呟いた瑞葉みずはみことは満足げな笑みを向けた。

「ただし、何もない器では駄目なんだ。器だけであれば人形でも何でもいい話になるだろう? そこが木偶でくとは似て非なるところだな。『ことわりさが』の無い『意と識のある個』でなければ意味がない。そうして勝手な神仏が相談し、現世うつつよで未だ霊山としてその場所を護る香御堂こうみどうの人間に目を付けた。女の体の中で細胞分裂を繰り返しタツノオトシゴのような形になった赤ん坊からことわりを抜き取ったんだ」

「人じゃない……」

「そう、人の形をして人として生きているが人じゃない妙な生き物が私だ。ちなみに寿命もない、何故かは知らんが二十五歳まで成長したら止まるそうだ。ま、我儘で勝手な連中が作ったんだ、そう言うことにしておこうって思い立ってそうしたんだろ。ことわりを奪われた分、神憑かみがかりの器は全てにおいて何事をも行え何事をも決める事が出来る。ことわりが無くそして自らの意思を持っている、つまりそれは神仏そのものであることだからな。私はな、有名で立派な名を持っているわけではない、神仏に認識され存在している神仏なんだよ。他の神々たちと違って人々や現世うつつよに存在する者に認識され存在している訳では無いんだ。ゆえに偉なのではなく、この場では一番私が偉いんだ」

 小さく途切れ途切れに、楽し気に笑うみことの不気味さは人ではないせいだったのかと、改めて悪寒を走らせながら瑞葉みずはは混乱していた。


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