裁定者

 瑞葉みずはの額から流れるのは暑さによるものではなく冷や汗で、背筋を何度も悪寒が走り寒さに身を震わせる。

「人というのは至極自分勝手で傲慢であり我儘だ。それは神という物に作られた存在であり、神が人に転じたからともいえる。だが、神は自らの分身をこの地に置くつもりは毛頭なかった。自分と同じ傲慢で我儘、己の欲望に忠実な存在など面倒なことになるのは目に見えていたし、なにより己と同じ存在が居ることは許されなかった。故に人にはことわりさが『理性』を与えた」

 冷ややかな表情で淡々と語り始めるみこと瑞葉みずはは後ずさりドアに近づきながら、一体何の話を始めたのかと叫んだ。

 だがみことはその叫びに応える事無く冷たい視線だけを投げつける。

「神仏と同じく人には嫉妬や欲望がある。しかし、それを私利私欲で優先させぬようことわりがある。ことわりという物は眷属にもアヤカシにも存在しているが、より多くのことわりさがを持ち合わせているのが人だ。理性の意味を知っているか? 善悪真偽を正しく理解し道徳と自らの義務において行動する力の事。貴様が作り出したアスラですら理性を持ち合わせている。この世界、生きとし生けるモノ、存在があるモノ、全てにことわりは存在し、神が与えたことわりを無くすれば、それは『そう言った形をしたモノ』となりはて、最後には存在が無くなる。貴様が持つことわりは貴様の中で捻じ曲げられたことわりでありそれは神仏が与えたモノではない。何故なら、神仏は己よりも利己主義で自分勝手になるようなことわりを与えていないからだ。捻じ曲げられたことわりは既にことわりとして形を成していない。わかるか? それが何を意味するのか。神仏が与えたことわりを持たず、ことわりを無くした貴様は、人でもなければ眷属でもアヤカシでもこの世界に生きる全ての存在が或るモノではない、ことわりを持たぬ神に近い存在になってしまったということだ」

 突然のみことの語りを怪訝に聞いていた瑞葉みずはだったが、神に近い存在という言葉を聞いて眉間の皺を解き、緊張の中で唇の端に小さな微笑みを浮かべた。

「何を言い出したのかと思えば、あたしが神になったから貴女は手出しができないと言いたかったの?」

 少し震えながらも偉そうに言ってのける瑞葉みずはみことは大きな声を出して笑い、ひとしきり笑ったのち笑いをこらえながら応える。

「貴様が神に? 面白い冗談を言うな。久し振りに大声で笑った気がする」

「一体どういう事よ」

「貴様が神になったと誰がそんなことを言った。近い存在になったと言っただけだ。人はあくまで人、神が人に成ることは容易だが人は神に成れはしない、そんなものを神仏が作ると思うか? それに成れたところで大したものでもない。言っておくが神に近しい存在だと言ったのは褒めてないからな、どちらかと言えば馬鹿にしたんだ。知っているか? 動物よりも人よりも傲慢で愚かなのは神だ。つまり、貴様は神でもなければ人間でもない、この世界で最も愚かしい化け物になってしまっていると言っているんだ」

 瑞葉みずはは嘲る笑みを向けて来るみことを睨みつけた。

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