苦痛に顔を歪め、口角の端を引き上げて微笑むみことを睨み付けた瑞葉みずはは、ゆっくりと女神像の方へと後ずさる。

「何なの、その馬鹿みたいに風を巻き起こして荷物を吹き散らす力。楽しんでやっているだけなら止めてくれるかしら。勝手に入ってきて人の部屋をめちゃくちゃにしないでほしいわね」

「なんだ、せっかく力を見せてやっているのに、まだ気づかないのか。更に減点だな」

「力を見せてやっている、ですって?」

「私が何という神を降ろしているのか、そんな程度の事もわからないといっているんだ」

「神降ろし、これが。だから気配がアンタの気配じゃなかったのね」

「ふん、言われて気づいたのか、減点だ。これ以上減点されたら落第になるぞ。全く、かつては神々を導いていた宇受賣うぶめの血を持っているとは思えない観察力だな」

「う、うるさいわね!」

「わからないお前のために説明してやろうか? 私は今、志那都比古神しなつひこのかみを降ろしているんだよ、風の神だからな風を起こすに決まっている」

「だからってこの状況は無いんじゃないの? 何でもかんでも吹き飛ばしてくれていい迷惑だわ」

「当然だろう、貴様は廉然漣れんぜんれんの交渉を断ったんだ。私の要件が分からないとは言わせない。さっさと虹色に輝く、この知哉ともやの魂の入った玉を返してもらおう」

 部屋の中を吹き荒れていた緑色の風が収束し、みことの体の周りにほんのわずかに優しく吹きながら包み込んでいる状態で、みこと瑞葉みずはに向かって笑顔で手を差出して玉を要求した。

 だが瑞葉みずははそんな事よりもみことの言葉に驚き瞳を大きく見開く。

知哉ともやの魂ですって?」

 その驚きの表情を眺め、あぁそうかとみことは微笑む。

「貴様はこれを何かしらの神仏だと思っていたのだったな。残念だがその予想は外れだ、それは人間の魂だ。通常魂が先に死に、肉体は魂の存在を確認できなくなれば徐々に腐りはじめ消滅する。それを死というが何らかの要因で『死』という概念ではなく肉体から離れてしまった魂は玉の形を取り肉体は生き続ける。その後体に玉の中の魂が戻れれば生き返るし、体が消滅、または魂が消滅すれば人は死ぬ。その玉はこの知哉ともやが予期せず手放してしまった魂だ、分かったらさっさと返してもらおう」

 瑞葉みずはは自分が思っていた物と違ったことに驚き、みことから発せられる威圧感に冷や汗を流しながらも口の端を少し持ち上げて挑戦的に見つめた。

「なるほど、それで分かったわ。この広い屋敷の中であたしの部屋に一直線で来られたのは魂と肉体が引き合う力を利用したのね。じゃ、あの外の妙なのは貴女の仕業なの?」

「妙なの? 失礼だな、皆神仏に仕える眷属ばかりだ。人間如きに妙と言われる筋合いはないだろう」

「あれが眷属? 随分お腹を空かせてらっしゃるのね、乞食の様だわ。屋敷の中に居たはずの木偶や部下まで居なくなっている上に、次々と気配が消えていく。あたしのかわいい子達をどうしてくれたのかしら」

「貴様の木偶は香木を使った仮面で出来上がっている。それに部下とやらもそれなりの力を要している。それは眷属の供物になる。過ぎた力は持たないに越したことはないな。最近では供物は少ないからな、ずいぶん喜んでいるようだ。しかも廉然漣れんぜんれんがこれでもかと眷属を集めたからそれはそれは賑やかなうたげになっている。久方ぶりに皆が楽しんでいる姿を見た。礼を言わなければならないかな」

 にこやかに言うみこととは対照的に、瑞葉みずはは眉間に皺をよせ窓の下の黒い蠢きを眺め、自分の手駒が一つ一つ弾ける光と共に消えていく感覚を感じていた。

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