「いったい何が」

 地面に伏せながら一瞬の事に何が起こったのかわからず、動かない自分の体に問いかける能力者達。

 そんな連中を気にかける事なく歩みを進めるみことは、呆然とその様子を眺めるだけだったトモカヅキの方に視線を向け「早く来い」と言う。

 トモカヅキはその言葉に操られるように足を運び屋敷の中へ入っていった。

 二人が屋敷の中に姿を消し一瞬の静けさの後、地の底から響くような唸り声があたりを埋め尽くす。

「何だこの声は。一体この屋敷で何が起こっているんだ?」

 屋敷に入って行ったみことの後を追おうとした、倒れていない能力者の足は立ち止まり辺りを見回す。

 体の動かぬ能力者は地面に頬を付けたまま視線の先にあった、蠢いていた物がゆったりと自分に向かって来るのを見付けていた。

 幾重にも重なる其の蠢きは唸り声と共に敷地になだれ込み、空気に溶ける様に唸りが鎮まれば、一気に黒い影は能力者と木偶に襲い掛かった。

 先ほどまで大勢いたはずの能力者達は次々と黒い影に呑み込まれて姿を消し、その後、姿を現したかと思えば眠る様に体を横たえている。

 香木で作られた木偶も黒い物がよぎっただけで脱力し、形作られた体がボロボロと、乾いた土くれとなって落ち崩れ去っていった。

 まだ無事な能力者達は、すぐ傍で一体何が起こっているのか状況が把握できないまま、ゆっくりと黒い影にその四方を囲まれ、抵抗することもできず影の中に沈んでいく。

「こんなこと、聞いて、ないっ」

 能力者達の悲痛な叫びとは裏腹に、あたりには歓喜に満ちた笑いと言葉が響き、何処からともなく軽快な神楽歌かぐらうたが聞こえてきた。

 あまりの騒がしさに目を覚ました瑞葉みずはは、屋敷の中の気配がいつもとは違うことに気付きびくりと体を揺らして起き上がる。

 気配をさぐりながら黒いレースのベビードールの上にガウンを羽織って窓の外を見た。

 窓から見える橋の向こうにある前庭は何か分からない者が黒く蠢き、その合間では小さな閃光が瞬いては消える。

 風に乗って聞こえてくるのは目の前の何やら恐ろしげな光景とは全く違う、何処か賑やかで華やかな歌。

「いったい何が起こっているの?」

 瑞葉みずはは屋敷中に配置しておいた木偶の目を使って事を把握しようと思ったが、一向に木偶の目は使うことが出来ず、それどころか屋敷の中に居るはずの木偶たちの気配も感じない。

 その代り伝わってくるのは圧倒的で神神しくもありながら禍々しい気配。

 そしてそれは広い屋敷の中を迷う事無くこちらに向かってきていた。

 廉然漣れんぜんれんが自分を呼び出し、物別れに終わって数日。

 そしてこの動き、何の為なのかはすぐに察しがつき、瑞葉みずはは部屋の右隅にあるアテーナーをかたどった女神像の所へ駆け寄る。

「まさか廉然漣れんぜんれんが? でも屋敷の中にある気配は廉然漣れんぜんれんではないわ、あたしの知っている誰でもない。この圧倒的な気配は一体誰なの?」

 訳の分からない状況のせいなのか胸の底から湧き上がってくる不安に独り言をこぼしていれば、部屋の扉が勢いよく開き、体に碧色の風をまとったみずはが現れた。

さかきみこと。アンタだったの?」

「私以外に誰が来ると思っていたんだ? 廉然漣れんぜんれんが忠告したはずだろう」

「だって、この気配はアンタじゃないわ」

「ほう、くさっても百目鬼どめきか。気配をさぐれるとはなかなかだ。褒めてやってもいいが、これが何の気配か探れない辺りは減点対象だな」

 楽しげに笑みを浮かべながら髪の毛が上空へと渦巻き、みことの身体をつつむ風があたりの全てを吹き飛ばす。

 窓ガラスを割り何もかもを外へと放り出していくが、何故か瑞葉みずはの周囲に風は起こらず辺りの物が飛んでいくことも、瑞葉みずは自身が飛ばされることもない。

 ただ、瑞葉みずはの肌には痛いほどにみことの気配が突き刺さり、傷も無くて血も出ていないがまるで全身切り刻まれているかのようだった。

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