忠告

 湖畔の邸宅で瑞葉みずはは怒りに任せ、木偶の持ってきた紅茶を投げ飛ばす。

「一体、何の用だっていうのよ!」

 命令を下したものの全くアスラとの連絡が取れず、苛立ちながら待っていた瑞葉みずはのもとに木偶が一体だけ帰ってきた。

 それは自分の力では無い別の力で操られており、喋るようには作っていない木偶が、

「アスラは預かったわよ。おいたも大概にしなさいね」

 と喋り、その声が廉然連れんぜんれんであると気付いた瑞葉みずはは親指の爪を噛み締める。

 その数日後、何処から入り込んだのか、朝目覚めた瑞葉みずはが顔を横に向ければ、枕もとに小さな狐がお座りしていた。

 驚き飛び起きて臨戦態勢を取った瑞葉みずはだったが狐はにやりと微笑んで口を動かす。

「こちらに喧嘩を売りに来たくせにずいぶん余裕ね。まぁいいわ、いい機会だからちょっと話をしない? する気があるなら明後日近くの喫茶のドルフィネに来て頂戴。そうね、大体時間にして昼の一時頃かしら。それから一時間だけ待っていてあげる。来る来ないは自由よ」

 挑戦的な狐の顔と声は瑞葉みずはを苛立たせるには十分で、行ってやろうじゃないと狐に負けない挑戦的な言葉を吐き捨てれば、狐は煙のように消えてなくなった。

 誘うならその日にすればいいのにと二日間を苛立ちの中で過ごした瑞葉みずは

 何事も手につかず、ただ苛立ちながら当たり散らしていた。


 約束の日。

 瑞葉みずはは不機嫌を体全体で現して、廉然漣れんぜんれんが優雅に紅茶を嗜んでいる目の前の椅子に腰を下ろした。

「それで、こんなところに呼び出して何の用?」

「あら、初めはこんにちはという挨拶から入るものじゃなくって? 相変わらず百目鬼どめきは礼儀がなってないわね」

「人の家に勝手に侵入し誘い出しておいて礼儀ですって? よく言うわ。いいから用件を言いなさいよ」

「あらあら、この状況で私の用件もわからないなんて、お馬鹿さんなのね」

 唇の端を持ち上げ小さく息を漏らしながら笑った廉然漣れんぜんれんの姿に、唇をかみしめながら怒りを抑え、やってきた店員にコーヒーを頼む。

「アスラの事だったらあたしは気にしてないわ。第一、アスラはおとなしく貴女達に捕まっているような奴じゃないし居ないからって今の所支障ないもの。それに例えアスラが捕まっていたとしても、あたしが生きているってことはアスラもまた生きているってことでしょ? そんなことで脅そうと思っているなら残念でした、あたしはそんなことで脅されたりしないわよ」

「脅すですって、貴女と私たちを一緒にしないでほしいわ。脅しじゃなくって交渉と忠告に来たのよ、この私が自らね」

 交渉という言葉の割にはどちらかと言えば態度は挑戦的で、忠告の方に重きを置いて聞いた方が良いのだろうと瑞葉みずはは身構えた。

 廉然漣れんぜんれんに会うと言うことでそれなりの準備はしてきたが、得体のしれない房主ぼうずがどんな手を使ってくるか分からないと常に体の周りには辺りとの境界を引く。

 境界はその名の通り自分と何かの間に線を引くことで一時的な防御を可能にした。

 しかし、一か所でも境界が破られればその防御は無に等しい。

 故に実践においてはあまり意味をなさないがこういう場面では不意な攻撃を受けた場合に防御出来る為、非常に役に立つ技。

 当然、廉然漣れんぜんれんはそんな小細工をしていることはお見通しであり、もともと一戦を交える気ではきていないので無視して話し出した。


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