「払わないのですか? 先ほどの状態であればこの香御堂こうみどうにある香で楽にわれはこの体から払えたでしょうに。香によってはおそらくわれ自身を消滅させることも可能だったのではないですか?」

「それに意味は有るのか?」

 つまらない事を聞いてくると言わんばかりに瞳を流して言うみことの姿はますますトモカヅキを混乱させた。

 普通ならば自分のようなアヤカシモノは人に仇する存在として理由も何も聞かれないまま排除されるのが常であり、仲間内でも人間という存在にはくれぐれも気を付ける様にと言われている。

 自分がアヤカシモノであることに気付き、体との違和感に呆然としている絶好の機会。

 人間であればこの好機を逃さず払うか消滅させるかのどちらかの選択肢しかないだろうにみことは逆に覚醒へと導いた。

「意味というものは常にわれの方ではなく、貴女方人間にあるじゃないですか。人の命を奪い、さらにはその人に成りすますような意味の分からないアヤカシモノは早急に処理した方がいい、人ならば当然そう思うはずです。そうしてそう思った時点で意味は人間側に生まれている」

「人間がどうであるかはしらんが、私にその権利はないだろう。人を殺めるために存在している者が人を殺めるのは当然の事だ。その者の中にはそれがことわりとなって在るんだからな」

「では、貴女は殺人を許すと言うのですか」

「許す許さないと言うレベルの問題じゃないだろう。トモカヅキという物を例にとるなら、お前たちは人を誘い、人を喰うのが仕事であり義務であるとことわりに定められている。つまり、それはそう言う事柄という事であって善悪で計る物ではない。故にそれを殺人と言ったとしても私が関するところではないんだ。ただし、私が今言っている理屈は、そう言う風に生まれたアヤカシモノであるならという条件が付く。人は別だ。人という物は物事を考える力を持ち、自分の中に善と悪を住まわせている。それに人はお前たちとは違い個が全ではない。個は個であり、全にはならない。全にあるように見えてそれは個の集まりでしかない。同等の考えのように見えてそれは大きな括りであり、個の思惑は括りと違って当然だ。アヤカシモノは違う、個の考えは全であり、全の考えが個でもある。お前は知哉ともやに触れることで全く違う物になってしまっているが、元はそう言う生き物だろう。お前を今ここで払い滅することが私のことわりではないし、それに意味があるとは思えん。今の状況で言えば従わせる方が意味ある行為となるだろうな」

 トモカヅキにはみことの言い分が分かるようでもあり、分からないようでもあり、なんだか狐につままれたような気分になって呆けてしまう。

 そんな様子が楽しいと言わんばかりに微笑んだみことは「では意味のある話を始めよう」と和室の窓を開き、室内の空気を入れ替えた。

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