「そういえば、香の種類は? 決めているのか?」

「線香です。短寸の」

「よく勉強しているな。それじゃ、私は先に行って準備をしておく」

 昼食を終え、みこと知哉ともやよりも先にその場を後にして、知哉ともやは昼食の片づけをしてから向かう。

 香御堂こうみどう帳場ちょうばの後ろにある小さな和室。

 まだ宿香御堂やどこうみどうの場所に香御堂こうみどうがあった曾祖父の時代はこの場所で香の香りを楽しみ聞く聞香もんこうや、香遊びと呼ばれる香りを聞き分ける組香くみこうが行われていたが、祖父の時から徐々にやらなくなり、みことが生まれ宿香御堂やどこうみどうが建てられてからは全く使わない場所となってしまった。

 みこと香御堂こうみどうを継ぐことになり、宿香御堂やどこうみどうの仕事を減らし、半分閉じた様になっていた香御堂こうみどうを曾祖父の時代と変わらぬ香の専門店として使うようになってから、この和室はみことの香試し、香の調合の部屋となっていた。

 和室に入ってみことは飾り棚にある有田焼の青磁の香炉を取り出す。

 今回は線香だと言う事で聞香もんこうなどに使う香炉灰ではなく、手軽な洗って繰り返し使える、ガラスの小さな粒で出来ているビーズ灰を使うことにし、香炉の七分目まで入れた。

 線香といっても中にはいろんな種類がある。大きく分けると二つ。

 様々な香木や香料を使って香りを重視した「匂い線香」。

 様々な香りを出すことはなく、杉の香りと煙が出ることを目的とした墓参りの際に良く使われる「杉線香」。

 更に匂い線香はその形状によって呼び方が変わる。

 棒状の線香、渦巻きの蚊取り線香のような渦巻き線香、竹ひごを使った竹ひご線香、円錐形のコーン型と呼ばれる線香。それらは全て火をつけることにより香りを発するものである。

 そして棒状の線香は長さによっても種類があり、知哉ともやが試してみたいと言った短寸というのは一般的な線香の半分ほどの長さの短い線香で、さらに線香には一般的な長さよりもずっと長寸のものもあり、大天香だいてんこう約80センチにもなるものから、中天香ちゅうてんこう約55センチ、小天香しょうてんこう約45センチ、大官香だいかんこう約40センチ、大薫香たいくんこう約33センチとあり、超寸のものは大体が寺院や儀式で使われる。

 香御堂こうみどうは香と呼ばれる香り物で揃わぬものはないと言われるほどであり、当然これらの線香も扱っている。

 使う香によって香炉や香炉灰も変わり、今回は短寸の線香ということで一番手軽なこの準備となった。

 準備が終わり数日ぶりにやってきたこの場所に鼻から息を大きく吸い込んで唇からゆっくりと吐き出す。

 ここはみことにとって空気が常に清らかであり、全ての感覚が鮮明になる場所。

 正座をし、ゆっくりと呼吸をしていれば軽やかな足音が近づいて襖が開いた。

 顔を出した知哉ともやに焚いてみたい香を全部持ってこいと言い、知哉ともやは頷いて香御堂こうみどうの店舗の方へ行きたった一本だけ持ってくる。

「なんだ、一本でいいのか? 同じ乳香でも香を作っている会社や乳香の産地によって香りが違うぞ」

「そうなんですか。でも、とりあえず今日はこれを」

 知哉ともやは短寸の線香をみことに渡すと、みことから少し離れ出入り口の襖の近くに腰を下ろした。

 みことはマッチを取り出し慣れた手つきで箱の横にあるやすりで擦り、線香に火をつけ、線香の先が赤い色をぼんやりと放ち始めれば少し振って火を消し香炉の真ん中に立てる。

 赤く輝く先端から白い煙を上げ、天井に向かいながら煙は消え辺りに香りをたたせはじめた。

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