トモカヅキ

 知哉とおやがこの場所に来て十二日。

 知哉ともやはまだ香を試したいと言い出せずにいる。

 その間にも宿香御堂やどこうみどうの方には廉然漣れんぜんれん道祖土さいど、さらにはその二人に付き添われるようにして辻堂つじどうがやって来ていた。

 あれから辻堂つじどうは仕事を休ませてもらい道祖土さいどの所に居候している。

 アスラが捕まっているということは廉然漣れんぜんれんから既に百目鬼どめきに知らせている。

 百目鬼どめきの攻撃が廉然漣れんぜんれん丞蓮寺じょうれんじにいるアスラ奪還の方に向けられていても、その間に木偶が辻堂つじどうを襲わないとも限らない。

 かといって、自宅や丞蓮寺じょうれんじに居るのは好ましくないため道祖土さいどの所に暫く身を寄せることになったのだ。

 そして、それらの人物たちは宿香御堂やどこうみどうに集まり、百目鬼どめきから知哉ともやの玉を奪う計画を立てていたのだが、当の本人である知哉ともや宿香御堂やどこうみどうに立ち入ることを禁止されていて、一体そこで何が行われているのかは全く知らない。

 ただその集まりが始まると心の中がざわつき、嫌な気配が背筋を上がってきてとにかく妙に嫌だ早く終わらないかと思っていた。

 それと同時にみことがあまりにも入り込むすきを与えないため、香の試しをしたいと言い出せないでもいた。

 そうして今日、知哉ともやは少々覚悟を決めた様に昼食の席に着く。

 今日もまたみことは難しい顔をして食事をしており、知哉ともやもあまりこういう時に話しかけたくはない。

 しかし、今日こそどうしても自分の中で香りを聞きたい香があり、それを試させてもらえるように言うのだと一度大きく息を吸い込んで、みことにはばれないように息を吐き、茶碗に箸を置いた。

「あの、みことさん。ちょっといいですか?」

 今まで考え込んでいるみことの様子を察しているかのように話し掛けてくることのなかった知哉ともやが、自ら静けさの中にあった食事の時間を破ってきたことに驚いて少し瞳を丸くしみことは首を傾げる。

「どうした、そっちから話し掛けてくるなんて珍しいな」

「あの、どうしても焚いてみたい香があるんです。ほら、前に香を焚く時はみことさんに断らないと駄目だって言われていたでしょ? ずっと焚いてみたいとは思っていたんですが、みことさんはなんだか忙しそうだしなかなか言い出せなくて」

 知哉ともやに言われそう言えばそんなことを言ったと思い出す。

 香によって今の知哉ともやにどのような影響が出るか分からないため自分も一緒にと言い、それからなんだか日々忙しくなって会話すらしなくなっていた。

 試しをしてみたいと言う知哉ともやの提案にそれほどまでに香に興味を持ったのかとみことは驚き、やはりこのトモカヅキは何処かが違うと少し考えながら知哉ともやに聞く。

「それで、どの香を焚いてみたいんだ?」

沈香じんこうも気になるんですけど、乳香にゅうこうというお香が一番気になって」

 少し照れるように言う知哉ともやの姿を横目に「乳香にゅうこうとは」とさらに驚きながら呟いた。

 その様子に試しては駄目なのかと心配そうに見つめてくる知哉ともや

 それほどまでに試してみたいのかと少々いろいろ立て込んではいるが、いい機会かもしれないと、みことが食事の後でいいかと聞けば嬉しそうにお願いしますとはきはきした言葉が返ってきた。

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