廉然漣れんぜんれんがあまり深く考えることがないことを見越して理由をつらつらと述べたみことだったが、実際は廉然漣れんぜんれんがいい加減なことを言わないようにするための牽制。

 冗談やからかい好きな廉然漣れんぜんれんみことに対していい加減なことは言わないだろうと思っていたが、念のため牽制しておくのが良いだろうと言う判断だ。

 廉然漣れんぜんれんの主である宇迦乃うかの御魂神みたまのかみでも良かったが、締め付け過ぎるのもかわいそうかと眷属の中でも抑制力のありそうな大神おおかみを選んだ。

 床の間に掛け軸をかけ、その下で香を焚く。

 香の香りが充満してくると廉然漣れんぜんれんはぶるっと体を震わせざわついてくる身体の気配を抑える事無く徐々に銀色に輝き始めた。

 少々荒い息遣いになってきた廉然漣れんぜんれんの気配を感じながらみことは床の間を見つめる。

 中に描かれている筆画の狼が香りと視線に促されるようにゆっくり動きはじめこちらの世界にやってきた。

「珍しい事もある物だ。お前が我を掛け軸から呼び出すとは」

 白い巨体の真っ白な毛を揺らしながら大神おおかみが言えば、みことは笑顔を見せる。

「この方が体力の消耗が無いからだよ。神降しは幾ら私でも後でかなりの疲労があるからな」

「何を言う、その為の龍穴であり温泉だろうが」

「日に何度も浸かるもんじゃないだろ? それに今日は廉然漣れんぜんれんが話があると言うし、どうせここでやるならと来てもらったんだ」

「それも珍しい。久方ぶりだな廉然漣れんぜんれん

 大神おおかみが声をかけた頃には廉然漣れんぜんれんは人の姿をしておらず、そこには大神ほどではないが少し大型の銀色をした狐が一匹座っていた。

「やっぱり大神殿おおかみどのの気配と香にはてられるわね。変化を保っているなんてできやしない」

 大きな銀色の息を廉然漣れんぜんれんが吐けば、大神おおかみの口角は楽し気にゆっくり引き上げられる。

 廉然漣れんぜんれんはその顔を苦々しく見つめるがかなわぬことと分かっているので口答えはしなかった。

「して、我を呼び出し、二人がそろって何を話すと言うのだ」

「その前に、大神おおかみ百目鬼どめきという者が現在どうなっているかを知っているか?」

「ふぅ、あの連中か。知らぬわけではないがあまりよい話を利かぬゆえ知らぬふりはしておる。もともと我や主様は反対だったのだ。アヤカシを狩る存在でありながら西洋にかぶれ錬金術とやらに傾倒した百目鬼どめきと、神々を導く存在である宇受賣うぶめの婚姻という物に。にも拘らず連中は血の交わりを持ってしまった。二つの血が交わった子が現世に生を受けた時点で我等から宇受賣うぶめは抹消、無かった者にされ我等が関するところではなくなった。宇受賣うぶめの血は絶えたと認識されている」

「あら、知らないわけではないのね。ま、宇迦之うかの御魂様みたまさまが知っていて大神殿おおかみどのが知らないわけないと思っていたけど」

 じっとりとした視線を向けてくる廉然漣れんぜんれんを見下し、つむじ風のような鼻息を吹きかけた大神おおかみは視線をみことに向ける。

廉然漣れんぜんれんの態度をどうにかしようと思うのは無駄だ。これが変わるはずもない。そこが良い所ではあるんだが」

 みことの言葉に今度はあきらめの鼻息を廉然漣れんぜんれんに吹きかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る