知哉ともやがやって来てから四日が過ぎ、慣れてきたように見えたみこと知哉ともやに新しい仕事を与えることにする。

 香の梱包方法から発送の手順、荷物の出し方など事細かに教え、大丈夫だと言う知哉ともやに分からない時は必ず聞くようにと念押しして、自分は宿の仕事に向かった。

 知哉ともやは教えればなんでも卒なくこなし、二度教える必要はあまりない。

「興味が全てを飲み込んでいるのだろうな。通常の人間であるならば其れは好ましい変化ではあるが、奴の場合は好ましいことではない。教える必要がなく、私が自分の仕事に専念できるのもまたいいことではあるが……。何時までもこのままというわけにはいかんな。さて、どうしたものか」

 みことが呟きながら宿香御堂やどこうみどうのロビーで今日の客の為の香を焚いていると、ふわりと銀色の風がどこからともなく入ってきて香の煙を揺らした。

 その風の流れに視線を向けたみことは少々呆れる様な溜息を吐き出す。

「やってくるならちゃんと足を地に着けて来い。知哉ともやに見られたらどうするつもりだ」

 腕を組み銀色の空気が渦を巻く空間をみことが睨み付け、渦巻く風は徐々にその色を濃くして人の形へと変化し廉然漣れんぜんれんが現れた。

「大丈夫よ、彼には単なる風としか映らないだろうし、彼の前で形作ることはしないから。多分」

 全く悪びれる様子もなく言う廉然漣れんぜんれんに再び大きなため息をついたみことは、忙しいんだから用事があるならさっさとしろと言い、フロントにある椅子に腰かける。

「機嫌悪いわね。でもこれを聞いたら少しは機嫌が良くなるかしら?」

「勿体ぶるのは良い、さっさとしろ」

「つまんないわね、まぁ良いわ。実はつい最近瑞葉みずはの人工生命体を捕まえたの」

百目鬼どめきのあの特殊な式神しきがみホムンクルスか。あの辻堂つじどうとか言う兄さんを奪いにでも来たのか?」

「まぁね、もちろん私の相手になるような連中じゃなかったけど」

「ぶち壊したのか。しかしあれはしっかり核を壊さんと再生するだろう。瑞葉みずはをやったのか?」

神子みこちゃんは私を破壊神か何かと勘違いしてない? 捕まえたって言ったでしょ。私の方にも都合があってね、それで協力してもらおうと思って捕まえたんだけど、ちょっと面白いことが分かって知らせに来たのよ」

 にっこり微笑んでいう廉然漣れんぜんれんみことは長くなりそうかと聞き、廉然漣れんぜんれんはそうねと答える。

 しばらく考え込んだみことは狼の絵が描かれている鍵を廉然漣れんぜんれんに渡し、今日の客がやってきて部屋に入ったのを見届けたら自分も行くと伝えた。

 廉然漣れんぜんれんは了解と片方の瞳を瞑って、手の平を唇に当ててみことに向かってキスを投げ、再び銀色の風の姿になって部屋に向かう。

「足を付けて行けと言ったのに、止めろと言えばわざとやる、面倒なやつだな」

 廉然漣れんぜんれnがやってきて三度目の溜息をついたみことは客がやってくるのを待った。

 それから数分後、今日の客が二人やってきてみことはそれぞれに鹿と兎の絵柄の木札がついた鍵を受け渡して、客が部屋に入り鍵をかけたのを確認すると急いで狼の部屋に向かう。

 扉を開けば畳に横たわって寝息を立てている廉然漣れんぜんれんがおり、みことは無表情のままその投げ出されている足を踏みつけ床の間へ歩いていった。

 風になっていない普通の体を踏まれた廉然漣れんぜんれんは痛さに飛び起き床の間に掛け軸を飾っているみことを睨み付ける。

「踏んづけていくことないでしょ。待っていてあげたんだから声をかければいいじゃない」

「寝て待っている奴にかけてやる言葉などない。宇迦之うかの御魂みたまもこんな眷属を持ってさぞかし苦労しているんだろうな」

「良い情報を持ってきて上げたのにそれは酷くない? って、もしかして大神殿おおかみどのも呼ぶの?」

「国造りの神の眷属もいた方が良いだろう。今は百目鬼どまきだが、元をたどれば宇受賣うずめの血筋だ。宇迦之うかの御魂みたま廉然漣れんぜんれんに頼んでまでどうにかしようとしているのなら聞いてもらっておいた方がいい。違うか?」

 みことの言い分はもっともらしくあり、もともと色々考えるのは得意ではない廉然漣れんぜんれんは考え込むこともせずに、まぁいいかと頷き小さく息を吐いた。

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