霊山

 知哉ともや香御堂こうみどうにやってきて過酷な一週間がやっと過ぎた。

 台所の掃除に三日かかり、居間に二日、その他の場所に一日、一週間のほとんどは掃除に明け暮れなければならない状態。

 時間に縛られるということにも慣れていない知哉にはそれを気をつけることも大変だった。

 ただ、その一週間を逃げること無くやり遂げられたのは合間で香御堂こうみどうに行き香の勉強をしていたから。知哉ともやにとってそれは楽しみにもなっていた。

 知哉ともやがこの香御堂こうみどうにやって来た次の日の昼食に現れた廉然漣れんぜんれんは、その三日後に一度現れ、それからみことはなんだか難しい顔をするようになる。

 宿香御堂やどこうみどうの方を休んで自室にこもったり、かと思えば町の方に出かけると一日中帰ってこなかったり。

 一体何をしているんだろうかとみことの行動を知哉ともやは不思議に思ったが、それを聞いても良いような雰囲気ではなく、此処ではみことの命令が絶対だからと知哉ともやは出来るだけ気にしないようにしていた。

 宿の方は数人の客があるようだったが、香御堂こうみどうにやってくるお客はほとんどいない。

 こんなことで店として大丈夫なのかと知哉ともやが思っていれば、働き始めて三日経った時、みことから商品の発送の手伝いをするように言われる。

 このような建物でありながら商売に関しては近代的で、ホームページの販売ページなども設けている様子。

 電話やメール、ホームページなどで注文を受けて全国に発送、それが香御堂こうみどうの主な収入源となっていた。

 みことに渡された注文書に従って商品を集め、適当な大きさの段ボール箱に詰めて伝票を書き、発送するのが毎日の知哉ともやの日課的な仕事となる。

「どう考えても通販の売上しかないんだったら店舗をかまえる必要はあるのか?」

 知哉ともやが梱包作業をしながらつぶやいていると、いつの間にか様子を見に来ていたみことが後ろから、

「この香御堂こうみどうは別に収入を求めるために店舗があるわけじゃない。ここに香御堂こうみどうがあることが重要なんだ。無駄口を叩いている暇があったら手を動かせ」

 みことの訳の分からない言い分に少し首をかしげながらも、無駄口を叩くなとの言葉に反論できず素直に作業を続けた。

 発送作業は思った以上に多く、中には店舗に発送する、まるで卸のような仕事もある。

 香御堂こうみどうにはあらゆる香がそろっていた。

 多種多様、メーカー品も多いが香御堂こうみどうで扱う香は殆どが香御堂こうみどうオリジナルであり、それを求める者が全国にいるということになる。

「そんなに此処の香はいいのか?」

 昼飯時につぶやけば再び何時、どこから現れたのかわからないが、廉然漣れんぜんれんが横に座って「当然でしょ」と怪しげな笑みを知哉に向けて見つめていた。

「あ、え? いつの間に。みことさんに何も聞いてないから何も用意してないですけど」

「あぁ、いいのよ。今日は実体で来たわけじゃないもの」

「じ、実体?」

 廉然漣れんぜんれんの言葉に知哉ともやが聞き返したが、廉然漣れんぜんれんは気にすること無く続ける。

「ここの香は神子みこちゃんが全部作っているのよ」

みことさんが? 工場みたいな所は全然ないのにあんなにたくさん作っているんですか?」

「まぁね、此処は見た目だけが全てじゃないから。此処には香を作るためだけのでっかい場所があるの。そのうち神子みこちゃんが教えてくれるわよ。この香御堂こうみどうがあるこの場所で神子みこちゃんが作るからこそ皆が求める。香なんて信じない人にとってはただの気休め、消臭代わりでしょうけど、求める人にとっては香の違いは重要な事だもの」

「香なんて人が作れるものなんですか?」

 知哉ともやの言葉に廉然漣れんぜんれんの瞳は丸くなり、一瞬置いた後、大きな笑い声を響かせた。

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