「お出ましってわけね、意外に早かったわ。あきら久義ひさよしをお願いね」

「お願いねって簡単に言ってくれますが、自分はあくまで見るモノですから攻撃や防御は得意じゃないんですよ」

「大丈夫よ、大物はこっちで引き受けるし後は木偶でくが残るだけでしょ。香御堂こうみどうで調合した焼香と微々たるあきらの力で十分よ。それに覚醒したら久義ひさよしにも手伝ってもらいなさいな。まぁ、なにより肉弾戦をやるつもりはないわよ、私はね」

 廉然漣れんぜんれんの言い分にやれやれと肩を落としながら辻堂つじどうが寝ている部屋に行き、棚から焼香用の香炉を出して、香炭に火をつける。

 半分ほどおこった香炭を香炉灰の中に赤く燃える部分だけ顔を出すように埋め、部屋の隅にある階段箪笥の引き出しから袋を取り出しその火の上に袋の中身をつまんでぱらぱらと振りかけた。

 煙を上げて香辛料のようなどこか酸味と辛味を感じさせる香りが辺りに漂い始め、廉然漣れんぜんれんは瞳を閉じてその香りを吸い込んで、喉を通り肺一杯に香りが充満したところで大きく目を見開く。

 眩い光が廉然漣れんぜんれんの体からあふれ、家全体を覆った頃には廉然漣は大きな銀色の尻尾を三本うねらせていた。

 頭の頂点付近からは耳が、蹲っていた身体を伸ばしていくようにゆっくりと生え、それと同時に顔の中心が前方へ突出しつつ口が裂け白銀の狐の顔が現れる。

「この姿も久し振りね」

 廉然漣れんぜんれんが恍惚とした表情を浮かべながら胸を反らせ銀色の息を吐き出している時、地面の下の方で叫び声が聞こえて瞳を薄く開け視線を声が聞こえた方に向けた。

「姑息ね。空間を捻じ曲げて自らの存在を示し誘導しながらその実、分からないだろう地中から忍び寄って奪還作戦を実行ってとこかしら。止めた方が得策だわ。せっかくの香木も無になるもの」

 地中から辻堂つじどうの元へと向かっていた影は廉然漣れんぜんれんから発せられた、家を球体で包み込む光によってただの木片へと還り、端から崩れて土と化す。

 様子を察したのか高い笛の音が鳴り響き、まだ光に到達していなかった影たちはそれを合図に引き下がっていった。

 辺りに影の気配を感じなくなり廉然漣れんぜんれんは小さく床をつま先で蹴り、天井に向かって飛びあがって屋根を通過し家を覆う光の球体から出ていく。

 抜け出して周りの景色を眺めれば、全ての色が失われた灰色の世界となっていて、風にしなっていた樹木がぴたりとその動きを止めていた。

「なるほど、空間の時間を止め、範囲内の無関係な人間達は全て排除済み。一応の常識は持ち合わせた相手のようね」

「それは褒めているととってよろしいのか。廉然漣れんぜんれん殿」

 空中に浮かんでいる廉然漣れんぜんれんの目の前の空間が歪み、中からにじり出る様に現れたのはアスラで、廉然漣れんぜんれんの鼻がひくひくと動き眉をひそめる。

「まぁ、一応褒めていることになるかもしれないわね。百目鬼どめきの割にという意味では」

 アスラはこめかみから鋭く黒く輝く角を生やし、半分伏せる様に閉じられた瞼の向こうには金色の瞳が輝いている。

 辻堂つじどうが以前会った時とは全く違う風貌をしており、肌の色までが白から褐色へと変化していた。

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