「うん、中々だったわ」

 廉然漣れんぜんれんが舌なめずりをしてその場で立ち上がり、片目を瞑って見下せばそこには暗く落胆した、抜け殻のような辻堂つじどうが横たわっている。

 性的なものではない、そう言い聞かせても初めてのキス。

 さらに口の中で蠢く舌が非常に不愉快であるはずなのに、巧みな動きに思わずぼんやりとして心地よくなってしまっていた事に落ち込んでいた。

 儀式が終わり廉然漣れんぜんれんが立ち上がっても辻堂つじどうは、幾ら経験がないからと言っても男にされたキスで心地よさを知ってしまったと、自己嫌悪の嵐がやってきて立つことが出来ない。

 自身も経験したことなので気持ちは分からないではないと道祖土さいどが傍によって「ま、忘れるのが一番だよ」と耳打ちした。

「忘れろったってそう簡単にはいかねぇよ」

「分からないでもないけど、引きずっていると余計に惨めな気持ちになるよ。経験談だけど」

「あんたたち失礼ね、初めてがこんな美人だったんだから良いでしょ。それにちゃんと初めての人用に優しくしてあげたじゃない。それとももっと激しい方が良かったの? だからまだそんな受け入れ態勢を取って私が襲うのを待っているのかしら? いくらでもやって差し上げてよ」

 何かを分かち合うように言う二人に、怪しげな微笑みを見せ、立てた人差し指を唇につけて眺める廉然漣れんぜんれん

 辻堂つじどうは何とも言えぬ寒気を覚え、唇を隠すように両手を重ね、首を大きく横に振って急いで体を起こした。

「遠慮しなくていいのに。あれやこれやとテクニックを持っている美人にやってもらうなんて滅多にないと思うわよ」

「いや、もうそう言うことじゃないんで。二度は本当に勘弁してください」

「本当に失礼だわ。言っておきますけどね、その年までキスすらしたことが無いって方が問題なのよ、さっさとしてれば私と初めてを経験することもなかったんだから」

「それも違うんだけれどもういいです。それよりも、これでもう契約は成立なんですよね」

 もう少しからかいたかったのにと、少々不満げな表情で頷いた廉然漣れんぜんれん辻堂つじどうはほっと肩をなでおろした。

 若干の気持ち悪さは残ったが、契約という割には何かをどうしたと言う感覚は無く、当然書面に残しているわけでもないから実感もない。

 一体何が変わったのだろうと思っていると、頭の中に勝手に誰かが入り込んで自分の中を好き勝手に弄ろうとしているような感覚に襲われ、辻堂つじどうはその場に前のめりに倒れ込んだ。

 全身が頭の中から犯されていくように徐々に痺れ動けなくなっていく。

 肩が捕まれゆっくりと仰向けにその場に寝かされていることが分かり、痙攣する瞼を何とかあけて、自分を寝かせた道祖土さいどを眺め震える声で一体何が起こったのかと聞いた。

「大丈夫、心配しないで。廉然漣れんぜんれん様の力が今全身に行きわたっているんだよ。自分の物じゃない力が入り込んでいるからね、ちょっとした拒否反応の様なものかな。暫く痺れるけど全身に行きわたって辻堂つじどうの力と混ざり合えば痺れも無くなるから。辻堂つじどうの力は自分の力と違って結構操作性が良いからね、廉然漣れんぜんれん様の力が行きわたるだけで自分の身の守り方も力の使い方も自然にわかるようになるよ。その状態になっても力を捨てたければ香御堂こうみどうさかきさんに自分からもお願いしてみるから言ってよ。自分と廉然漣れんぜんれん様は隣の部屋にいるからここで何の心配もせずにゆっくり休んでね。少しでも楽になる様に香を焚いておいてあげるから」

 道祖土さいどの無表情ながらも、少し優しさの感じる言葉に安堵したのかそのまま辻堂つじどうは瞳を閉じて静かな寝息を立て始める。

 道祖土さいどは香炉に伽羅きゃらの香を焚いて数枚の護符を辻堂の周り、四方を囲むように張り付け部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る