百目鬼強襲

「一体どういう事なのか説明なさい。アスラ」

「先ほどから嫌というほど説明しておろう。辻堂つじどう久義ひさよしは期限を待たずしてどうやら別の者によって下されたようだと」

 淡々とメイド服を着て、午後の紅茶を入れながら話すアスラに向かって瑞葉みずはは手元にあったクッションを投げつける。しかしアスラはそれは想定の内と言わんばかりにいとも簡単に叩き落とした。

「なんとも百目鬼どめきのお嬢様に似つかわしくないですな」

「誰がそうさせていると思っているのよ、アスラが余計な猶予を与えたりするからこうなったんでしょ! あの時薬でも何でも使ってさっさと契約させてればよかったのよ。雑魚神だとしても神の憑代よりしろになる奴なんてめったに拾えないのよ、分かってんの!」

「存じておる。だが、本人の意思無き契約は人道に反する。我はバルマの眷属であり法神であるゆえ非人道的な行いは出来ぬ。お嬢はそれを分かっていながら我を下したのであろう?」

「フン、ここまで融通の利かない奴だとは思わなかったのよ。アスラと言えば呪術にたけた悪神のはずだったんだもの。まさか根源が来るとは思わないでしょ」

「ならば阿修羅あしゅらを下せばよかったのではないか。我は我、根源だ何だとは関係ござらん。そんなに神の憑代よりしろの存在が欲しいのであればさっさと香御堂こうみどうさかきを抱え込めばよろしかろう。あれこそ最高の逸材ではござらぬか」

 温かく香りのたった紅茶をソーサーに乗せて、ソファーで足を組み偉そうにふんぞり返っている瑞葉みずはの元へ運びながらアスラが言えば、瑞葉みずはの眉がぴくりと動き、傍に立ったアスラを下から睨み付ける。アスラはその視線を気にすることなくいつも通り腰を折って紅茶を差出した。

 アスラは瑞葉みずはが八歳を迎えた時に下した神仏の化身。

 百目鬼どめきでは男女とも八歳を迎えた時、自らが選び自らを護る神仏の化身を一つ下すことになっている。その後いくら増やしても減ってもいいが初めの化身だけは決して消すことはできない。

 他の木偶たちや初めの化身以外の者達が香木を体としているのに対し、初めの化身は自らの血肉、体の一部を使って出来上がった存在。

 もし、初めの化身を消すというのであれば自ら命を絶たねばならない。その代り自らの命がある限り初めの化身が消滅することはない。

 もちろん本物の神仏を下しているわけではない。

 かつて錬金術と呼ばれた術の中で人工生命を作り出す秘術があった。

 百目鬼どめきはその秘術をさらに進化させることに成功する。自らの卵子、または精子を核として血肉を分け与えることで作り上げたそれに、特定の神仏の名を刻んだ香木を飲み込ませる。それによってその神仏の名の通りの力が宿るのだ。

 相応の力を有した作られた神仏は、使役者がその命をなくすまで護り戦い続ける。

 また、術者であるそれを作り上げた人間と作られた神仏との間は常に対等であり、化身は己の性質を持ったまま主と共に成長する。

 アスラは本来持っている天空と司法の基礎をもとに、瑞葉みずはの少々我儘で黒い存在には似つかわしくない常に正しい存在に成長した。

 瑞葉みずはにとってそれは誤算であり、瑞葉みずはの理想はともにもっと非道で暗黒な世界を作り出すことだった。

 だが、初めの化身の為破壊することも消滅させることもできず、命令には忠実であると言う面だけで召使のようにこき使っていた。

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